近付いて来たサイレンの音に男は反応し、玄関の土間に下りた。

 この地方の家の玄関は、二重構造になっていて、扉が二つ付いている。家内の暖気を逃がさない為だが、男は内側の扉を大きく開け、外側を少しだけ開けた。

 ほんの少し開けただけなのに、外の冷気があっという間に肌を刺して来た。

 サイレンが鳴り止んだ。

 通りの陰に赤色灯が見える。

 警察!?

 男が尚美の方に振り向くと、彼女は、

「さっきの事じゃないかしら……」

 と自分で言いいながら、胸の内ではそうとは思っていなかった。

 男の慌て方と態度が、尋常なものとは思えなかったのだ。

 ひょっとして、この人は何処かで盗みでも……

 男の姿、なりを見れば、そう想像してもおかしくない。

 きっと、食べるのにも困って、ほんの出来心か何かで……

「おじさん……」

 尚美の手には、男に持たせてやるつもりだった金が握られたままだ。

「行かなくちゃ……裏口はあるか?」

 その言葉を聞いて、尚美は自分の想像が間違っていなかったのだと思った。

「逃げても、結局は捕まるわ。出来心だったんでしょ?住む処も、仕事も無くなって、食べるものも食べれなくなったら、そういう事……」

「違う、違うんだよ……」

「なら、別にこそこそ裏口から逃げる必要も無いでしょ?」

「そんなんじゃないんだ!」

 腹の底から搾り出すような言い方に、尚美はたじろぎ、二、三歩後ろへ後ずさりをした。

 すると、サイレンの音が再びし、それはさっきよりも一段とけたたましく聞こえて来た。