和也に戸籍が無かったのは、死んだ良蔵自身に失踪の手続きが為されていて、失踪前に戸籍があった役所から抹消されていたからであった。
失踪の手続きをしたのは旭川に住む女性であった。
「その人が僕の母なんですか?」
「いや、その人は違うんです。貴方のお父さんと当時婚姻関係だった方で、貴方のお母さんとは、その後に知り合ったのです。
佐多敬子さんといいます。貴方のお父さんと18の時に知り合い駆け落ちしたそうなんです。貴方が生まれた時に籍を入れなかったのは、まだ戸籍上は旭川の女性と婚姻関係になっていたからなんでしょう。失踪届けは出されていましたが、恐らくお父さんはその事を知らなかったのだと思います。適当に理由をごまかして佐多敬子さんと入籍をしなかったのでしょう。
それで、何度か佐多さんと連絡を取り合いまして、貴方の事情を説明したところ、佐多さんが貴方の出生届を出してくれたんです」
「という事は……」
「貴方は佐多敬子さんの長男として、戸籍が就籍されました。新しい本籍地は北海道の釧路です」
和也は新しい未来が拓かれたと感じた。新しい戸籍と名前。忌々しい良蔵とはこれで完全に切れた。
和也は早速、母親の名乗りを上げた佐多敬子と文通を始めた。無気力な受刑生活が180度変わった。出所後の身許引き受け人にも快くなってくれた敬子の為にも、自分は生まれ変わるんだと強く意識し始めた。
手に職を付けようと思い、職業訓練を受ける事にした。収容されていた刑務所には、様々な職業訓練があったが、担当職員とも相談していろいろ考えた末、理容師の訓練を受ける事にした。
翌年の4月から訓練が始まり、2年目には無事国家試験にも合格。刑を丁度2年残し、仮釈放で出所した。それが7ヶ月前の事だった。



