小野田巡査は、公務時間外だという事を忘れてしまっていた。
そうさせてしまう緊張感を、その男が持っていたのかも知れない。
「こんな寒空でベンチに寝てたら、凍えてしまうよ」
男は何も喋らない。僅かばかり光の残った右目をぎらりと動かし、もう一度首を振って背中を向けた。
「おい君、待ちなさい」
小野田巡査は自転車に乗ったまま、男の背後に迫った。
肩に手を掛けようとした瞬間、男が急に振り返り、小野田の手を振り払った。
その拍子でバランスを崩した小野田巡査は、男にもたれるようにして倒れてしまった。
「ウォォーッ!」
男は獣のような雄叫びを上げ、圧し掛かって来た小野田の身体を跳ね飛ばそうとした。男が振り解こうとした時、小野田の顔に拳が当たった。
時間帯がまだ夕方であった為、幣舞橋にも土手道にも人通りはあった。たまたまこの場を目にした通行人は、小野田巡査が暴行を受けていると思い、駆け付けて浮浪者を引き離し、捕り押さえた。
「こら、おとなしくしろってんだ!」
いつの間にか、男を捕り押さえている者が増えていて、暴れないように一人の若い男性が馬乗りになっていた。
小野田は捕り押さえている通行人達に自分の身分を伝え、近くの交番へ通報して貰うよう頼んだ。
5分程で制服警官が三人やって来た。
「何だ、小野田どうした」
先輩の一人が私服姿の小野田巡査を見て事情を聴いて来た。
小野田巡査の説明を聴いた先輩警官は、通行人達に礼を言い、簡単に事情聴取を行った。
「公務中じゃないから、公妨(公務執行妨害)には当たらないしなあ。一応、暴行という事で署まで連行するから、お前も一緒に来てくれ。被害者という事で調書取るから」
小野田巡査は、ついさっき来た釧路署までの道をその浮浪者と戻る事になった。



