「佐多さん、佐多敬子さん」
市役所の福祉課へ月に一度顔を出す佐多敬子は、弱々しい足取りで窓口へ行った。
「印鑑、持って来ました?」
「はい……」
月に一度支給される保護費を受け取る為に、敬子は古びたバックの中から印鑑を出した。
僅かばかりの保護費だが、現在の敬子にはその金が唯一の収入となっている。
10年前から身体を悪くし、以来病院通いが続いている。
もうすぐ70歳になる敬子は、そろそろ自分に人生の終わりが近付いている事を感じていた。
振り返ると、何の楽しみも無かった人生だった。
男運に恵まれず、こうして独り寂しく老後を過ごしている。
それだけではない。
世間を憚りながら生き続けて来なければならなかった。
人殺しの母親……
背負わされた十字架は、余りにも重たかった。
どんなにひっそりと暮らしていても、世間が敬子に向ける眼差しは、研ぎ澄まされた刃物のように突き刺さって来た。
いっそ、死のうか……
何度もそう思った。
その度に思い止まったのは、殺人者として行方を眩ましたままの独り息子の行く末を、母として見定めなければならないと思い詰めたからであった。
生きているのであれば、ちゃんと罪を償って欲しい。
その償いは、本人の命をもってしなければ償えないものかも知れないが、それだけの事をしてしまったのだから。
路傍の土となって果ててしまっていたとするならば、それは人の道に対しての裏切りでしかない。自ら全てを明らかにし、法の下で罪に服すのが償い……
そう思う気持ちを持っている敬子ではあったが、一方では、違う感情も当然あった。



