ここ数日、尚美は自分がじっと見つめられている気持ちがしてならなかった。
誰かに見つめられるという経験は、これ迄も度々あったが、今回のはそれまでのものとは違う視線のような気がしていた。
ストーカー?
一度、妹にも話した事があったが、絵里香の言うには、
「お姉ちゃん、自分で思ってる以上に美人なんだよ。女の私が見ても、ときたま溜息ついちゃう位にはっとする時があるもん。そりゃあストーカーも現れるさ」
と言って心配するよりも、妙な羨ましがられ方をした。
視線を感じるのは、大概、仕事先からの行き帰りで、感じる度に辺りを見回すのだが、視線の持ち主を見た事はまだ一度も無い。
気のせいかなと何度も思うのだが、日に日に感じ方が強くなって行く。
その日もそうだった。
阿寒で初雪が観測され、短い秋が終わりを告げようとし始めていた10月下旬。
残業で遅くなった尚美は、テレビ局の玄関口でタクシーを待っていた。
実家のある春採(はるとり)町へ帰るバスはもう無くなっていたので、守衛に頼んでタクシーを呼んで貰っていた。
守衛と二言三言世間話をしていた時に、その視線を感じたのである。
玄関口の前の道路を挟んだ向かいは駐車場になっていて、そこに人影は無い。
その横に建つビルは、既に誰も居ないのか、全ての窓は電気を消している。
そよぐ風の冷たさとは違う、薄ら寒さを感じ、ふと左の方に目を転じると、黒いオーバーコートを掻い込むようにしている男が見えた。
後姿しか見えなかったが、片足を引き摺るように歩いていて、印象が、たまに駅近くで見掛ける浮浪者のように思えた。
「おじさん、あの人……」
「ああ、最近、ここら辺をうろついているんですけどね。ホームレスかなんかじゃないですか」
「そう……」
「釧路も不景気だから、ああいう人間が増えて来たみたいですよ」
守衛と話しているうちに、その男の姿は暗い闇の中へ溶けて行った。



