三山百合は、この4月付けで警視に昇進した。

 30代半ばで警視に昇進するのは、一般的なキャリアならそう珍しい事ではない。しかし、典型的な男社会である警察機構の中で、女性のキャリアは珍しく、しかも警視にまで昇進となると異例の部類に入った。

 三山警視は、近年、急激に増えたネットワーク犯罪や、コンピューター犯罪に対処する為に新設された部署へ配属になっていた。

 仕事の大部分は、警視庁本部に設置されたセクションでのデスクワークである。

 三山百合は、決して男勝りといったような性格はしていなかった。

 国立大学の法学部を出ながらも、司法関係を選ばず警察官僚を選んだ事に、家族も最初の頃は反対した。

「何言ってんの。アメリカではFBIに女性捜査官がたくさんいるわよ」

 そう言って自分の考えを押し通してきたが、実際に公務員一種に合格し、現場捜査に加わった当初は、女だてらにという目で白眼視されて来た。

 キャリア警察官の場合、捜査現場を実際に経験するのは最初の数年位だ。

 幾つかの所轄署で現場研修を経て、警視庁か警察庁へと異動する。男であれば、地方の警察署の署長になる者も居るが、女性ではまだそういった事例は無い。

 三山百合にとって、最も忘れ難い事件は、初めて現場捜査に関わった『津田遥』殺害事件であった。

 自分自身も、他の捜査員達と同様、二本の足で地取り捜査をし、聴き込みをした。そういった事以上に、この事件が未だ未解決であるという事が、彼女に複雑な想いと感慨を持たせていた。

 当時、自分に捜査のいろはを実地に教えてくれた前嶋は、今年で定年を迎えている。一緒に捜査に当たった同僚の加藤刑事は、同じ本庁で機捜に配属されている。

 本庁内に居るとは言っても、部署が違うから、殆ど顔を合わせた事は無い。

 もう何年も会っていない加藤であったが、配属当初はよく馬鹿にされ、まともに言葉も掛けて貰えなかった。その事を思い出す度に、三山は苦笑いをしてしまう。

 刑事らしい刑事だったなあ……

 自分のデスクで一日中パソコンの画面を眺めながら、犯人逮捕の為に駆けずり回っていた当時を懐かしんでいた。