「最初に伺ったお話では、事件当夜、林さんとぶつかった男は、以前から隣に住んでいた男だと仰ってますよね。その事については?」
「あれから時間が経って今になってみると、そうだったかなあ位の記憶しか無いんですよ。あの夜は、ぶつかって来た瞬間、あっ、前に何度か見掛けた男だって思ったものですから」
「以前に見た男とは別な男とは思いませんでしたか?」
「それもどうだったか……すいませんねえ、何かあやふやな事ばかり言って」
「いえ、気になさらないで下さい。それでは、さっきのお話に戻りますが、騒がしかった時って、どんな様子でしたか。例えば、言い争っていたとか」
「声とかまでははっきり聞いていませんでしたから……ただ」
「ただ?」
「何人かで騒いでいる感じでしたね」
「二人ではなかったと?」
「はい」
「ここは、大事な点なんで、ゆっくりで構いませんから、正確な日時とかを思い出して貰えませんか?」
それまでとは打って変わって厳しい表情になった加藤に気圧されて、林はたじろぎながらも懸命に思い出そうとした。
「正確にと言われましても……ただ、女の人の声で言い合いをしていたのは間違いありません」
「女、ですね?」
「ええ」
「男の声はどうでしたか?」
「時折……」
「じゃあ、三人?」
「四人かも知れませんし、いや、やっぱり三人だったかなあ」
「それが何時だったか思い出せませんか?」
「そうは言われましてもねえ……」
腕組みをしてじっと考え込んだ林を見て加藤は、森裕子から聴いたばかりの話を持ち出した。
「8月12日の夜、9時から11時の間ではなかったでしょうか。当日、201号室の森さんも、お隣がかなり騒がしかったと言っているんです。森さんは、翌日がニューヨークへ行った日なので、はっきりと憶えていたんです」



