同じ頃、加藤刑事はセピアコーポへ来ていた。

 目的は、聴き込みである。もう何度も来ているが、前嶋から再度やってくれと指示を受けたのである。但し、今回の聴取は津田遥の部屋に出入りしていた人間の確認であった。

 佐多和也以外の人間が、出入りしていなかったか。

 それを聴き出すのが目的であった。そして、聴取する人物も直々に指示されていた。

 一人は、第一通報者である203号室の林文雄。もう一人は、201号室に住む森裕子であった。

 森裕子が、当初事情聴取を受けていなかったのは、彼女が事件二日前の8月13日から一ヶ月半ばかり海外へ行っていたからで、最初から聴取の対象外にされていたのである。

 林文雄は、何時も夕方の5時から6時の間頃にならないと仕事から戻らない。先に、森裕子の話を聴く事にした。

 前嶋が事前に在宅の確認と、加藤が訪ねる事を伝えていようだ。手回しの良さに、加藤は敵わないなという思いを抱いた。

 警察手帳を見せ、部屋の中に上げて貰い、加藤は来意の趣旨を説明した。

「驚きました。帰って来たら自分が住んでいるアパートで殺人事件が起きていたなんて。日本は、外国に比べて治安が良くて、安心して生活出来る国だとアメリカの友人に自慢していたんですけど」

「外国にはよく行かれるのですか?」

「行くのはアメリカばかりですけど」

「お仕事で?」

「はい」

 森裕子の勤める会社は、ニューヨークにある家具メーカーの日本代理店だという。その会社で、輸入家具の仕入れ担当をしている為、時々出張でニューヨークへ行くらしい。

「じゃあ今回も?」

「はい。出張と、遅い夏季休暇も兼ねてでしたけど」

 それで今回は一ヵ月半という長期になったのだと言った。

 加藤は、話を津田遥の件に切り替えた。

「引っ越して来た時の様子とか憶えていますか?」

「いえ、それが別にご挨拶とかもありませんでしたから、いつお隣に越して来られたかまでは知らないんです。人の出入りがあって、初めて気が付いたんです」

「人の出入り……初めてそれに気付かれたのはいつ頃でしたか?」

「そうですねえ……留守にする一週間前位だったかしら」