前嶋は、科捜研で聞いた話を元に、検死担当医から胃の残留物についての確認をした。

 すると、検死担当医から予期せぬ言葉が返って来たのである。

「検死当時、私の方では、死亡推定時刻を午後5時から午後5時30分の間と報告したのです。
 それが、捜査本部長の方から、犯人らしき人物が現場を立ち去ったのが午後7時半頃だが、その直前の死亡は有り得るかと聞いてこられまして。
 それで、その可能性はゼロではありませんと答えたのです。その事から、死亡推定時刻に幅を持たせたという訳です」

 本部は、凶器から採取された佐多の指紋に、思考を硬化させてしまったのだろう。

 犯人を特定すべき科学的根拠を警察は、自らの都合で拡大解釈をした事になる。

 日本の警察は自白偏重主義を取って来た。それが、近年様々な冤罪を生む温床になるとして、科学捜査により力を入れて来た。

 だが、年々多様化する犯罪に警察の検挙率は下がる一方で、今回の事件にしても、過去に捕り逃がしてしまった佐多和也が容疑者として浮かんでしまった事が、目に見えぬ焦りを捜査本部は持ってしまったのかも知れない。

 科捜研が出した推測をそのまま捜査資料として本部に出したものか、前嶋は迷った。

 胃液の苦味に似たものが、込み上げて来そうだった。