時には和也が働いた給料分以上の金を巻き上げていった事もあった。ある職場では警察を呼んだ事もあったが、そういう嗅覚は人一倍鋭く出来ているのか、捕まる事はなかった。
東京に居るから良蔵に見付かってしまうんだと考えた和也は、19の時に伊豆の伊東へ移り住んだ。
温泉旅館に住み込んだ和也は、そこで四つ年上の仲居と知り合い、男と女の関係になった。その女で和也は睦み合う事の喜びを知った。家庭らしいものを初めて味わえた。
女も身寄りの無い、幸薄い人生を送っていたようで、和也の身体から自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろう。同類相憐れむという言葉通りの二人だった。
旅館では初め簡単な雑用をやらされていた和也だったが、旅館の主に気に入られ、段々といろんな仕事を任されるようになった。そのうち、客の送迎や経理の手伝いまでするようになり、信用も付いて来た。女との仲も認められ、二年目の年を迎えると特別に家も借りてくれた。
旅館から歩いて5分程の所に借りた家は、六畳と四畳半の和室に三畳の台所が付いた平屋で、若い二人には充分な広さだった。風呂は付いてなかったが、仕事場の旅館で好きなだけ入れるからどうという事はない。年上の女も姉さん女房気取りで何くれとなく和也の面倒を見る。
やっと本物の幸せを手に入れたと思った。そして、良蔵の事などすっかり忘れていた。
伊東に少しばかり早い桜の季節がやって来た。
仕事を終えた和也が家に戻ると、見慣れない車が家の前に止まっていた。
殆ど廃車寸前の軽で、品川ナンバーのプレートが貼られていた。
胸騒ぎがした。戸を開けると、寝室に使っている奥の部屋の襖が半分ばかり開いていた。女の声が聞こえる。
最初、何かに抵抗しているかのように聞こえたそれは、そうではなく自ら男を迎え入れている時のものだと判った。
玄関で立ち尽くす和也。歓喜に咽ぶ女の声がはっきりと耳に届いた。
前の男か?
そう思い、沸き上がった怒りを全身に漲らせ、蹴るように靴を脱いだ。台所の板敷きに上がった和也の目に、見覚えのある背中が飛び込んで来た。



