じっと見つめていた担当官は、前嶋から送られて来た捜査資料を捲り出し、思い付いた箇所を見つけ出した。

「検死解剖でもそうか……」

 前嶋は、担当官の次の言葉を待った。期待すべき言葉が聞けるかも知れないという面持ちで身構えた。

「殺害状況の不自然さという点につきましては、凶器の包丁は、当初、被害者に刺さったままだったのではないかという疑問が浮かぶのです」

「それはどういう事なのでしょうか」

「検死解剖の所見に、かなりの内出血量があるとなっています。つまり、鋭利な物等で刺した場合、その形状にもよりますが、抜かずにそのままにして置くと、体外には思ったほど出血せず、体内に留まるものです」

「そうすると、殺されて暫く経ってから包丁を抜いた可能性もあるという事ですね?」

「凶器とされている包丁の形状を写真で見る限りは、そういうケースも考えられると思います。ただ、この場合、大動脈を切断されていましたから、刺した直後でもこれだけの出血があった訳です。刺して直ぐに抜いていれば、もっと大量の出血跡が部屋の畳だけでなく、あちこちに飛んでいた筈です。それに、所見によると、かなりの量の凝固血液が確認されています。
 死体から凶器の包丁を抜き取った時間差にもよりますが、その目安になる部分として、胃の残留物の消化状態から割り出した死亡推定時刻が参考に出来ます」

「検死報告書によりますと、午後5時から午後7時30分頃の間となっていますが」

「これも妙なんです。死亡直後の死体から検出された、胃の内容物から割り出した死亡推定時刻というのは、現在の解剖学からしますと、一番正確な時間を計算出来るものなのです」

「どれ位正確な時間が判るのですか?」

「プラスマイナス10分前後の正確さで時間を割り出せます。腐敗が進めば、この時間の幅は広がりますが、死体発見から一日以内なら、今言った誤差でしょうね。ですから、このように死亡推定時刻に三時間近くも幅を持たせたというのは、私からすると腑に落ちませんね。残留物の、消化進行分析記録があれば、よりはっきりしますが」