迷宮の魂


「あのなあ、俺達は探偵ごっこをやってんじゃねえんだぜ。テレビの事件物だってこんなおかしな推理はしねえぞ。たく、何考えてんだ」

「しかし、キャップも前々から、我々は先入観で事件を判断するなと仰ってます」

「佐多が犯人だとするのは先入観だってえのか。お前なあ、指紋から、状況から、ありとあらゆるもんが佐多を犯人と結び付けてんだぜ。よしんば、小野美幸が何らかの関わりがあったとしてもだ、犯人がこの二人じゃないって発想に行き着くのはぶっ飛び過ぎだっつうの」

「確かに、物証、心証、状況とも佐多が犯行を行ったとする可能性を高く示しています。ですが、飽くまでも可能性であって、そうじゃない可能性も残っています」

「だから俺達は確たる証拠を固めてんだろ。百歩譲ってだ、小野美幸が真犯人で、それを庇う為に佐多が捜査の目をごまかす為にこんな偽装をしたってえなら、多少は頷いてやるよ。けどな」

「まあ、まあ二人ともそこまでにして。三山君の疑問は、私も同じように感じていた」

 前嶋がそう言うと、三山は顔を綻ばせ、自分の意見が受け入れられたものと思い込んだ。

「しかし、現時点では、佐多が容疑者である事には変わりない。現場に残された指紋、八丈島でのガイシャとの関わり、それらは事実なんだ。もし、君の言う通りなのであるなら、それを裏付ける事実がなければならない」

 受け入れられたと思っていたのが、否定されてしまった為に、三山はがっくりと項垂れてしまった。

「君の意見も参考になるところは大いにある」

 前嶋のその言葉も、三山には単なる慰め程度にしか聞こえなかった。

「新人さんは、大人しく地取り(聴き込み)でもしてな」

 項垂れたまま自分のデスクに戻る三山の背中に、加藤の皮肉が刃物のように突き刺さった。

 自分のデスクに戻った三山は、前嶋に渡したレポートの中身を頭の中で思い返していた。

 確かに、そうだ。事実の裏付け。それが足りなかったのかも知れない。疑問を埋めていく為に嵌め込んだパズルのピースは、考えてみれば全て自分の想像の範囲から生まれたものだ。

 ひょっとしたら、私の方が先入観を持ってしまっているのかも……

 三山は短く刈られた自分の髪を、思い切り掻き毟りたくなった。