ある時、良蔵と銭湯に行った。良蔵の背中には中途半端に彫られた刺青がある。それを見た近所の子供達が可笑しがって笑った。
和也はまるで自分が笑われてるような気分になり、居た堪れなくなって少しでも良蔵の傍から離れようとした。
笑われた良蔵は、子供達に洗い桶に汲んだ冷水をぶっ掛け、一緒に居た親の横っ面をその桶で引っ叩いた。
その場に居るのが堪えられなくなった和也は、独り銭湯から飛び出した。
和也は中学を卒業すると、高校には進学せず住み込みの仕事を自分で探した。
良蔵の元から一日も早く離れたかったからだ。
小石川の製本工場に住み込みの職を見つけ、卒業式の三日後にバック一つだけ抱えて家を出た。
新しい生活は、それまでの日々に比べると正に天国と地獄程の違いがあった。生まれて初めて人間らしい生活というものを知った。しかし、享受出来た日々は僅か三ヶ月足らずで終わった。
良蔵が和也の勤め先に現れ、勝手に給料を前借したのである。和也が仕事中の事で、経理の者が幾ら父親とはいえ勝手に給料の前借は出来ないと言って断ると、良蔵は態度を豹変させた。
上着のボタンを外して胸をはだけ、肩口の刺青をちらつかせた。そればかりでなく、ズボンのベルトに挟んだ刃物までこれ見よがしにちらつかせたのである。
経理の者はその様を見て恐れを抱き、言われるまま金を出した。
そんな事があって会社に居辛くなり、和也は別な仕事先を探さざるを得なくなった。
良蔵への憎しみは募る一方だったが、本人の前に出ると昔から何も言えなかった。
次の職場でも同じ事が繰り返された。良蔵に一切報せていないのにも関わらず、どういう訳か捜し出される。居場所を突き止め、和也の姿を見ると良蔵は決まって嘲笑するような眼差しを我が子に送る。
「カズ、逃げようたってそうはいかねえよ。なんせお前には餓鬼の頃から随分と銭が掛かってんだからな。しっかり元は取らせて貰うよ」
和也には良蔵が鬼にしか見えなかった。



