高瀬亮司を引っ張れ。
捜査本部長命令で各警察署に指示が出されたのは、事件発生から二十日ばかり過ぎた、残暑厳しい盛りの頃であった。
が、その高瀬亮司がなかなか捕まらない。姿をくらますと言っても、せいぜい盛り場の隅っこで息を潜めている位しか行き場の無いチンピラだ。そう高をくくっていた。
「シャブ中だから尻尾を出すのは直ぐだよ」
高瀬を知る刑事の中には、そう言う者が多かった。
高瀬がこれまで関わった事のある人間達に、聴き込みをして行ったが、彼等の口からは判を押したように、
「ここんとこ見ないなあ」
と返って来るだけであった。
事件発生直後、解決は時間の問題と楽観されていたのが、日を追う毎に様相が複雑さを見せ、捜査員達の間にも少しずつ焦燥感が生じ出している。
その空気を一層濃くさせた一因が、ガイシャである津田遥が名前を騙った相手である小野美幸の所在であった。
前嶋は、新潟の実家にも、現地の警察署の協力を得て、捜査員を張り付かせていた。中野のマンションに住む友人女性には、連絡があった場合には、直ぐさま通報するようにと言ってあったが、9月下旬になっても一向に進展はなかった。
三山のルーズリーフは、その後も何度か書き加えられて行った。
再度の現場検証で出て来た物証は、津田遥が事件直前まで覚醒剤を使用していた事実を裏付けたのと、幾つかの足跡の痕跡が出て来ただけであった。
室内にあった指紋の大部分が佐多和也のものであったが、それも、数的にはそう多くはなく、意外な事にガイシャである津田遥の指紋までもが極端に少なかった。
出入りの激しい都内の賃貸住宅にしては、不明指紋も少ない。普通なら、事件の当事者以外のものが無数にあっておかしくなく、その為に容疑者の指紋採取が困難である事の方が多い。それと、凶器の包丁に残されていたのが佐多和也の指紋だけであったという点も、何処か不自然さを感じさせた。



