第一発見者の供述の中で、もう一点腑に落ちない所があった。
自分の手帳と、加藤刑事が聴取した記録とを付き合わした。
当日の証言と少し違っている……
『その夜、いきなり飛び出して来てぶつかりそうになった男は、被害者がこのアパートに入居した当初から同居していた……』
自分の手帳にはそう書いてある。
『一、二度見掛けた事のある男でした……』
加藤刑事にはそう語っている。
佐多和也が東京に来たのは、8月11日。それ以前は、八丈島から一歩も出ていない。
証言とすれば、加藤刑事に言った証言の方が辻褄は合う。三山が聴いた話では、佐多和也を容疑者とすると矛盾が生ずる。
いったいどっちがほんとなの?
目撃者の勘違いという事もある。特に、こういった殺人事件の第一発見者という立場になると、混乱と興奮などの感情が入り混じり、不確かな事でも思い込みをして、それが確かな事実だと勘違いしてしまう場合がある。
そういった事も踏まえて、必ず日を置いてから、再び事情聴取をするのだ。
三山自身が事件当夜に聴取した内容は、実況見聞調書に記してある。当然、前嶋係長をはじめ、捜査本部の誰もが目にしている筈だ。とすれば、後日行われた加藤刑事の事情聴取の調書にも目を通している筈だから、この矛盾点に気が付く筈ではないか。
犯人のアリバイに繋がる、一番大事な部分ではないか。
昼間、八丈署で感じた陽炎の正体が、何と無く実態を見せ始めた。
容疑者を佐多和也とする一番の物的証拠は、現場に残された凶器の包丁である。そこには、紛れも無く佐多和也の指紋が残されていた。これは動かしがたい事実であるし、三山も佐多和也の犯行だろうと99.9%思っている。だが、100%では無いのだ。
0.1%……
その0.1%が、引っ掛かるのよね……
三山は、夜が明けるまでその事ばかり考えていた。



