迷宮の魂

 宿として使わせて貰っている八丈署の官舎に着いたのは、陽もたっぷりと暮れた頃であった。

 三山は、自分にあてがわれた部屋に戻ると、前嶋の夕食の誘いも断り、着替えもせず捜査資料を初めから全て読み直し始めた。

 事件の第一報が入ったのは、8月15日の午後7時52分。通報者は、セピアコーポ203号室に住む林文雄。110番通報で駆け付けた荻窪署警邏隊巡査長城田栄一が、同アパート202号室の室内を確認したところ、同室住人と思われる女性の死体を発見。直ぐさま緊急配備の通報を警察無線にて行う。
 
 荻窪警察署鑑識員が到着し、現場保全及び鑑識捜査を行い始めたのが、午後8時15分頃。それとほぼ同時刻に前嶋ら荻窪署捜査一課の捜査員が到着している。

 三山は、第一通報者の林文雄から聴取したメモを読み返した。

『コンビニへ買い物に行っていて帰って来た時に、階段を上がった拍子に男とぶつかった。男はかなり慌てていたのか、一言も謝りもせず、走るように去って行った。そこで自分の部屋へ戻ろうと見ると、隣の部屋である202号室のドアが開け放たれていた。見るとも無しに部屋の中に目を向けると、女性らしき人が、うつ伏せで倒れているのが見えた。まさか死んでいるとは思っていなかったが、その女性が倒れている辺りが血の海になっていたので、直ぐに自分の部屋から110番通報をした……』

 三山は一ヶ所にアンダーラインを引き、次に検死報告書のコピーを出した。

『死亡推定時刻午後5時から午後7時30分頃……』

 三山はその箇所を蛍光ペンで塗りつぶした。

 彼女は、傍らのルーズリーフにどう書こうかと考えていた。幾つもの単語がルーズリーフの中で、脈絡も無く埋められている。斜線を引いては新たに書き直しの繰り返しをしていた。

 第一発見者の林文雄を荻窪署で聴取した記録。聴取をしたのは加藤刑事だ。

『……仕事から帰って来たのは午後6時20分位でした。シャワーを浴びて、ビールでも飲もうとしたら、切らしていたので、歩いて5分程の所にあるコンビニに買いに行く事にしました。時間は、午後7時を回ったばかりだったと思います』

 やっぱり……

 ルーズリーフに一際大きな文字が躍った。