まるで人が住んでいたとは思えない程、その部屋は閑散としていた。
家具が無いとかそういう問題以前に、生活観がまるで感じられなかった。物置を改造した部屋だから、押入れも無く、板の間に無理に畳を嵌め込んだ造りだ。部屋の片隅に、ボストンバックが一つと衣類が詰め込まれた紙袋が二つばかりあった。
「八丈の署員に言って、此処の指紋を取って貰ってくれ」
前嶋に指示された三山が、電話を借りる為に金田江里子の家へ走った。パンプスが脱げ掛かったのか、危うく躓きそうになった。
「指紋は逃げねえよ」
加藤の言葉が三山の背中を押す。
「煙草の吸殻一つもありませんね」
「加藤君、バックと紙袋を見てくれないか」
「はい」
前嶋は一旦、外へ出た。小屋の周りを一回りしてみた。何も無い。雑草一つ生えていない。そのまま、寮になっているアパートに足を向けた。
夏の陽射しを浴びてか、目の前に現れた八丈富士の緑色が光っているように見えた。
亜熱帯気候のお陰か、8月の陽射しを直接浴びていても、それ程汗はかかない。だが、じりじりと焼けるような感覚はある。
二棟あるうちの向かって右側のアパートに行った。一階の一番端の部屋をノックすると、寝ぼけた声で返事があった。
その部屋が、エリーで一番古くから働いている麗奈という女の部屋だと、ママの金田江里子から聞いていた。
ドアを開けた麗奈は、前嶋に見せられた警察手帳に、一瞬顔を曇らせた。
前嶋は特にその事を気にしなかった。一般人の誰もが、いきなり何の前触れも無く警察手帳を見せられれば、今の麗奈と同様な反応をするものだ。寧ろ、手帳を見せられても表情を変えない人間の方が、怪しい場合もある。
「すまんね、まだおやすみだったんだね」
「構わないですよ、どうせこれ位の時間に何時も起きるんで」
「幾つか話を聴かせて欲しいんだ」
「直さんや遥の事?」
それ程勘が良くなくても、一連の事件の報道を知っていれば、刑事が聴きたいと言って来る内容は察しがつく。
「知っている事で構わないんだ」
麗奈の話は、岩田勝巳や金田江里子の話を裏付ける内容だったが、津田遥がエリーを出て行く直接の原因となった前日の出来事を詳しく聴けた事が大きな収穫であった。



