「お手柄だな」
金田江里子が帰った後、前嶋が三山の肩を軽く叩き、労いの言葉を言った。
「ありがとうございます」
「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってな」
加藤の皮肉も、何時も程の辛辣さは無い。
金田江里子の証言から作られた山本直也こと、佐多和也の新しい手配写真が八丈署のファックスを通して、警視庁へ転送され、そこから更に全国の警察署へ回される事になった。
念の為、出来上がった新しい写真を持って岩田勝巳に会い、確認して貰ったが、間違いなく山本直也と名乗っていた人物である事を認めた。
次に前嶋が命じた事は、津田遥が島を出た後の佐多和也の行動を調べる事であった。
何故、突然東京へ行くと言い出したのか。そのきっかけは何だったのか。それを調べるように命じられた加藤と三山は、先ずNTTに連絡して津田遥が島を出てから佐多和也が東京へ向かうまでの間の電話履歴を調べた。
津田遥が島を出た日が8月1日と判っている。佐多和也と思われる男が羽田行きの最終便に乗った日が8月11日。その間の電話履歴を調べたが、金田江里子の自宅にも、エリーの方にもそれらしき履歴は見当たらなかった。
電話でなければ手紙か電報ではないか?
絶対に何らかの連絡があって、佐多和也と思しき男はこの島を出て行ったのだ。
加藤と三山も同様に考えていた。そして、それは的中した。
8月9日の午前10時頃に、山本直也宛の郵便物を配達した局員が、その事をはっきりと記憶していたのだ。
「ママの所にはしょっちゅう配達物がありますから、殆ど毎日のように行っていたんですけどね、直さんの所へ直接郵便物を届けた事は今まで無かったから、そういう事もあってはっきりと憶えていたんです」
間違いなく津田遥からの手紙であったのだろう。いったい、そこには何が書かれてあったのか。何年もの間、ひたすら身を隠し徹して来た人間を突き動かす程のものがそこにはあったのか。
前嶋は、裁判所からの礼状が下りると、山本直也と名乗っていた男の部屋を家宅捜査した。
男の部屋は、店で働く女達の寮の横にあった。元は物置小屋であったのを、畳を入れ、人が住めるように手を加えたらしい。金田江里子が言うには、山本直也が全部自分でやったとの事だ。



