荻窪署管内で起きた殺人事件の凶器と思われる包丁から、佐多和也の指紋が検出されたと知った前嶋は、署内の誰よりも驚いた。
偶然とはいえ、こうして同じ容疑者を二度も追う事になろうとは、もはや偶然とは言い難いものを感じていた。これが神の悪戯なら、神とはなんとも悪戯好きなものなのか。
「奴は都内に潜伏していたのか」
所轄署である荻窪署は、前嶋係長を現場キャップにし、捜査本部長に警視庁捜査一課の課長を当てた。更には、警視庁機動捜査隊及び、阿佐ヶ谷署、中野署をはじめとした周辺各警察署から捜査員を動員した。
又、5年前に起きた殺人事件の捜査本部であった八王子署からも、当時の捜査員を加え、改めて佐多和也の足取りを洗い直す事にした。
前嶋は、前回の事件を精査する班を別に設け、八王子署の応援部隊にそれを命じた。
直属の部下である加藤刑事と三山刑事には、被害者小野美幸と、現場周辺の聴き込みを主にさせる事にした。
事件発生翌日、早速三山刑事が被害者小野美幸についての捜査結果をまとめて来た。
「ところで、ガイシャ(被害者)の家族とかに連絡はついたのか?」
前嶋の質問に三山は、
「それが、小野美幸の謄本を取って調べたのですが……」
歯切れの悪い話しぶりから、前嶋は三山から小野美幸の戸籍謄本を受け取った。
「なんだこれ、事件の少し前に元の戸籍から抜かれてるじゃないか」
「妙な事に、本籍の移動と一緒に親族から分離され、その上で事件のあった住所に住民登録されてるんです」
前嶋は暫く腕組みをしたまま考え込んだ。
「ガイシャと、このアパートを契約した人物は間違いなく同一人物なんだな?」
「はい。それは既に確認済みです」
被害者の事件前の行動を徹底的に洗ってみるか……
戸籍の移動……その直後に凶行に遭った。
何かが結びついているのか、それとも単なる偶然か。
「いずれにしても、この謄本からは佐多和也との接点は見受けられません」
「どうかな」
前嶋の言葉に三山刑事は小首を傾げた。