アリスとウサギ


「オーダーです」

 調理場へ行くと、野菜を準備していたスタッフが眉を下げた。

「大丈夫ですか?」

 大丈夫です、と言おうとして、口が動かなかった。

 目に力を入れすぎて、口を開くと声が震えてしまうとわかっていたから。

 彼は無言のアリスからオーダー伝票を受け取り、

「了解」

 と言って調理を開始した。

 そっとテーブルを覗くと、ウサギはノートPCを開いて何やらやっているようだ。

 アリスは流し台の前にしゃがみ込んで、目から溢れそうな感情を抑え込むことに集中した。

「くしゅん!」

 やはり首もとが冷えるのは寒い。

 だんだん鳥肌なども立ってきた。

 じっとしていると寒いから、アリスは立ち上がり、バタバタと働き出す。

 バイトが終了したのは、濡れた襟元が大分乾いてからだった。