君と生きたあの夏を、ひまわりだけが覚えている

◇

「もしもし、大丈夫ですか?頼むからしっかりして!」

激しく身体を揺さぶられ、僕はパチリと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、抜けるような青空と、大粒の涙をためた少女の瞳だった。

「あ……よかった、気がついた……!」

少女は安心したように胸をなでおろした。
白い割烹着(かっぽうぎ)を着て、お下げ髪にした、ひまわりのような可憐な子。
彼女の手は、僕の病んだ身体とは対象的に、驚くほど温かかった。

「あの……ここは?」
「ここはひまわりの丘だよ。あなた、こんな暑い中、見たこともない格好で倒れてたからビックリしちゃった。……あ、私、近所の食堂のサクラ。あなたの名前は?」
「僕は、ハル……」

身体を起こして辺りを見回し、僕は言葉を失った。
さっきまであった遠くのビルや電柱、自動販売機がすべて消えている。あるのは、木造の古い平屋と、もんぺ姿で行き交う人々。そして、近くの建物の黒板には、白チョークでこう書かれていた。

『昭和十九年 八月』

僕は息を呑んだ。タイムスリップしたんだ。しかも、何度もやり直せるゲームのようなものじゃない。僕の胸の奥で、病魔がじりじりと命を削っている感覚は消えていない。
僕は、自分の「余命」を持ったまま、この激動の時代に放り出されたのだ。

「行くところがないなら、うちの食堂においでよ。お腹空いてるでしょ?」

サクラは僕の手を引き、満面の笑みを見せた。
その時の僕はまだ知らなかった。
彼女が生きるこの街が、あと数ヶ月で、激しい空襲によってすべて灰になってしまうことを。

そして、その過酷な運命を、彼女自身はまだ何も知らないということを。
余命1年の僕と、何も知らずに今を懸命に生きる君。
逃れられない運命の歯車が、いま、静かに回り始めた。