陽くんは不満そうにしながらも、素直に頷いてくれた。とりあえず第一関門は突破……のはずだ。
「よし!じゃあ私、着替えて準備するから二人とも部屋から出てって!」
「えー、ここで待ってちゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ」
「減るもんちゃうやん」
「減るよ!私の何かが確実に減るよ!!」
悠くんの背中を押し、陽くんの手を引っ張ってどうにか部屋の外へと追い出す。扉を閉めて鍵をかけると、どっと大きなため息がこぼれた。
(……ハァ、朝から心臓に悪い……)
気を取り直して急いで着替えを済ませ、姿見の前でメイクと髪型を最終チェックする。
今日のために新しく買った、春らしい淡いピンクのワンピース。
動画を何回も見て練習した、ナチュラルだけどいつもより少し大人っぽいメイク。
『楽しみにしてるね』というメッセージを思い出すだけで、胸の奥がキュッと甘く締め付けられた。
自分でも現金だなと思うけれど、少し大人になったような、特別な自分になれた気がして嬉しい。
リュックを手に取り、部屋の扉を開ける。
廊下では、壁に背をもたれさせた悠くんと、階段の段差に腰掛けた陽くんが待っていた。
二人は部屋から出てきた私を見るなり、無言でスマホのカメラアプリを起動させた。
カシャカシャカシャカシャカシャ!
「……何してるの?」
「保存用と観賞用と予備」
「雪ちゃんが可愛すぎて、思い出にしようと」
「撮るな撮るな!恥ずかしいでしょ!」
「だって、雪ちゃんがそんなヒラヒラした服着るの珍しいし。制服以外でスカートはいてるの、小学生の時の親戚の結婚式に参加した時以来じゃない?」
「余計な記憶まで引っ張り出してこないでよ!」
✳✳✳
「はぁ、楽しかったな〜」
待ち合わせ場所の駅前で彼氏と別れ、幸せな余韻に浸りながら帰路につく。
彼氏は隣のクラスの男の子。放課後の誰もいない教室で、照れくさそうに「好きです」って告白された日のことを思い出して、思わず一人で顔がニヤけてしまう。
恋人同士として過ごす初めての週末。手を繋いで歩くだけで緊張したし、カフェで向かい合って話すだけでも心臓が持たないくらいドキドキした。
幸せな余韻に浸りながら近所の公園の横を通り過ぎようとした、その時。
「雪ー!」
「雪ちゃんおかえりー!」
聞き覚えのある声が重なって聞こえ、ふと公園の方に目を向けると、ベンチに座っている悠くんと、ブランコを軽く漕いでいる陽くんの姿があった。
「二人とも、なんでこんな所にいるの?」
驚いて足を止めると、ブランコから飛び降りた陽くんが駆け寄ってきた。
その後ろから、悠くんもポケットに手を突っ込んだままゆっくりと歩いてくる。
「なんでって、待ち伏せに決まってるじゃん! 帰ってきたら一緒に遊ぶって約束したでしょ?」
「約束って……まだ夕方の五時だよ?連絡くらいしてくれれば良かったのに」
「送ったら『彼氏といるから無理』って断るつもりやったやろ」
悠くんが低めの声でピシャリと言い放つ。いつも通りのぶっきらぼうな口調だけど、どこか少しだけ不機嫌そうだ。
「うっ……それは……」
「やっぱり!ほらね、悠翔の言った通りだ!」
「図星かよ」
悠くんが呆れたように鼻で笑い、私の頭にポンと手を乗せた。そのまま軽くぐしゃぐしゃと撫で回される。
「せっかくセットした髪が崩れる!」
「ええやん。もう彼氏に見せる時間終わったんやろ?」
「そういう問題やない!」
パシッと手を払いのけると、今度は陽くんが私の腕に抱きつくように距離を詰めてきた。
「ねぇ雪ちゃん、僕達ずーっとここで待ってたんだよ?風強くてちょっと寒かったし、お腹も空いちゃった」
「待っててなんて頼んでないでしょ……って、本当にずっと外にいたの?」
陽くんの手触れると、確かに少しひんやりしている。
二人が私を待つためだけに、小一時間もこの寒空の下にいたのだと思うと、急に強い罪悪感が湧いてきた。
春とはいえ、まだ少し肌寒い。
「……はぁ、分かったよ。コンビニで温かい飲み物でも買ってくるから」
「やった! 雪ちゃんの奢り?」
「なんで私なの!? ……もういいよ、今日はいろいろ付き合ってもらったし、缶ココアくらい奢るよ」
「雪、俺はホットコーヒーな」
文句を言いながらも、歩き出した私を挟むように二人が並んで歩き出す。左側からは陽くんの無邪気な話し声、右側からは悠くんの低い相槌。
「二年生、同じクラスだったら良いね!」
「そーだねー……」
うちの地元は田舎すぎるのか、高校でも各学年二クラスしかない。というわけで例年通りいけば、必ずどっちかと同じクラスになるんだけど……本音を言えば、二人とは違うクラスが良いなーなんて思っている。
✳✳✳
店内に入り、温かい飲料コーナーへ直行する。言われた通りホットコーヒーと缶ココア、それに自分のコンポタを手に取り、レジでお会計を済ませた。
外に出てイートイン用のベンチに腰掛けると、二人にそれぞれ缶を手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、雪ちゃん!」
「サンキュ」
少しの間、他愛のないことを話す。
「で?実際のところ、どっちのクラスになりたいん」
思い出したように悠くんがそんなことを聞いてきたので、私は当たり障りのない答えを口に出した。
「どっちでもいいけど……強いて言うなら、二人と違うクラスが良い。その方が静かで穏やかな高校生活が送れるし」
「ひどい!僕、雪ちゃんと一緒のクラスになれたら毎日ノート貸してあげるつもりだったのに」
「陽くんのノート、授業中の落書き多すぎて文字読めないじゃん」
「僕のノートはアートだよ!」と口を尖らせる陽くんをスルーしつつ、私は温かいコンポタの缶を両手で包み込んだ。
「とにかく、二年生からはお互いちょっとずつ自立!二人もファンクラブができるくらいカッコいいんだから、そろそろ女子と青春しなよ」
「俺らは別に困ってへん」
「雪ちゃん以外の女子なんて興味ないもん」
「あーはいはい、出た出た」
呆れ顔でコンポタを一口すすると、コーンの甘みと温かさが身体中に染み渡っていく。
二人は相変わらず重たいことをサラッと言うけれど、こうやって二人と下らない話をする時間は、正直言って嫌いじゃない。
(でも……やっぱり、私はもう彼氏がいるんだし)
放課後の教室で顔を赤くしていた彼氏の顔が脳裏をよぎる。手を繋いだときの、あの初々しい緊張感。
対して、両隣にいる双子は私の距離感を軽々と飛び越えてくる存在だ。この二人と一緒にいると安心するけれど、いつまでもこのままじゃいけないのも分かっている。
「……あ、そろそろ帰らんと。お母さん夕飯の準備してるかも」
「えー、もう帰っちゃうの?」
「もう六時やし!コンポタも飲み干したし!」
立ち上がって空き缶をゴミ箱に捨てると、悠くんもコーヒーを飲み干してゆっくりと腰を上げた。
「じゃあ送っていくわ。どうせ家隣やしな」
「送るも何も、徒歩十秒じゃん……」
「ダメ!送らせて!雪ちゃんが彼氏に奪われないようにガードするんだから!」
「もう付き合ってるっつの!」
結局、帰り道も二人にはさまれながら歩くことになった。
両脇からの視線と温もりを感じながら、私は『早く二人にも恋人ができますように。ついでに私に絡んでくる時間が減りますように』と心の中で密かに祈った。
「そんなど真面目な顔して祈られても、叶えてやる気ゼロやけどな」
隣を歩く悠くんが、私の顔を横目で見下ろしながらフッと鼻で笑った。
「えっ、声に出てた!?」
「出てないけど、雪ちゃんの考えてることなんて顔見れば分かるよ!」
陽くんがニコニコと笑いながら、私の左腕に自分の腕を絡めてくる。
「ちょっと、陽くん離れて!もう家の前だし、ご近所さんに見られたら変な噂立つって」
「いいじゃん。幼馴染なんだから」
「幼馴染は、抱きついて歩いていい免罪符やないの!」
バタバタと腕を振り解こうとする私をあざ笑うかのように、右側にいた悠くんがすっと距離を詰めてきて、私の頭の上にポツリと自分の顎を乗せてきた。
「悠くんまで重い!はーなーれーてー」
「今日一日、彼氏にデレデレして疲れたやろ。俺らが体重支えてやってるんや」
「支えるどころか潰しにかかってきてるから!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら家の門をくぐると、玄関のドアがガラガラと開いた。
「あら、三人ともおかえり。賑やかだと思ったら」
「「お邪魔してまーす」」
「二人とも自分の家に帰りなさい!ほら、回れ右!」
お母さんは呆れたように笑いながら「悠翔くんも陽翔くんも、上がって夕飯食べていきなさいね」なんて余計な助け船を出す。
「やった!」
「ごちそうさまです」
「ちょっと待って、私に拒否権は!?」
結局、私の抵抗も空しく、その日の夕飯も我が家の食卓には当然のように双子の姿があった。
「よし!じゃあ私、着替えて準備するから二人とも部屋から出てって!」
「えー、ここで待ってちゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ」
「減るもんちゃうやん」
「減るよ!私の何かが確実に減るよ!!」
悠くんの背中を押し、陽くんの手を引っ張ってどうにか部屋の外へと追い出す。扉を閉めて鍵をかけると、どっと大きなため息がこぼれた。
(……ハァ、朝から心臓に悪い……)
気を取り直して急いで着替えを済ませ、姿見の前でメイクと髪型を最終チェックする。
今日のために新しく買った、春らしい淡いピンクのワンピース。
動画を何回も見て練習した、ナチュラルだけどいつもより少し大人っぽいメイク。
『楽しみにしてるね』というメッセージを思い出すだけで、胸の奥がキュッと甘く締め付けられた。
自分でも現金だなと思うけれど、少し大人になったような、特別な自分になれた気がして嬉しい。
リュックを手に取り、部屋の扉を開ける。
廊下では、壁に背をもたれさせた悠くんと、階段の段差に腰掛けた陽くんが待っていた。
二人は部屋から出てきた私を見るなり、無言でスマホのカメラアプリを起動させた。
カシャカシャカシャカシャカシャ!
「……何してるの?」
「保存用と観賞用と予備」
「雪ちゃんが可愛すぎて、思い出にしようと」
「撮るな撮るな!恥ずかしいでしょ!」
「だって、雪ちゃんがそんなヒラヒラした服着るの珍しいし。制服以外でスカートはいてるの、小学生の時の親戚の結婚式に参加した時以来じゃない?」
「余計な記憶まで引っ張り出してこないでよ!」
✳✳✳
「はぁ、楽しかったな〜」
待ち合わせ場所の駅前で彼氏と別れ、幸せな余韻に浸りながら帰路につく。
彼氏は隣のクラスの男の子。放課後の誰もいない教室で、照れくさそうに「好きです」って告白された日のことを思い出して、思わず一人で顔がニヤけてしまう。
恋人同士として過ごす初めての週末。手を繋いで歩くだけで緊張したし、カフェで向かい合って話すだけでも心臓が持たないくらいドキドキした。
幸せな余韻に浸りながら近所の公園の横を通り過ぎようとした、その時。
「雪ー!」
「雪ちゃんおかえりー!」
聞き覚えのある声が重なって聞こえ、ふと公園の方に目を向けると、ベンチに座っている悠くんと、ブランコを軽く漕いでいる陽くんの姿があった。
「二人とも、なんでこんな所にいるの?」
驚いて足を止めると、ブランコから飛び降りた陽くんが駆け寄ってきた。
その後ろから、悠くんもポケットに手を突っ込んだままゆっくりと歩いてくる。
「なんでって、待ち伏せに決まってるじゃん! 帰ってきたら一緒に遊ぶって約束したでしょ?」
「約束って……まだ夕方の五時だよ?連絡くらいしてくれれば良かったのに」
「送ったら『彼氏といるから無理』って断るつもりやったやろ」
悠くんが低めの声でピシャリと言い放つ。いつも通りのぶっきらぼうな口調だけど、どこか少しだけ不機嫌そうだ。
「うっ……それは……」
「やっぱり!ほらね、悠翔の言った通りだ!」
「図星かよ」
悠くんが呆れたように鼻で笑い、私の頭にポンと手を乗せた。そのまま軽くぐしゃぐしゃと撫で回される。
「せっかくセットした髪が崩れる!」
「ええやん。もう彼氏に見せる時間終わったんやろ?」
「そういう問題やない!」
パシッと手を払いのけると、今度は陽くんが私の腕に抱きつくように距離を詰めてきた。
「ねぇ雪ちゃん、僕達ずーっとここで待ってたんだよ?風強くてちょっと寒かったし、お腹も空いちゃった」
「待っててなんて頼んでないでしょ……って、本当にずっと外にいたの?」
陽くんの手触れると、確かに少しひんやりしている。
二人が私を待つためだけに、小一時間もこの寒空の下にいたのだと思うと、急に強い罪悪感が湧いてきた。
春とはいえ、まだ少し肌寒い。
「……はぁ、分かったよ。コンビニで温かい飲み物でも買ってくるから」
「やった! 雪ちゃんの奢り?」
「なんで私なの!? ……もういいよ、今日はいろいろ付き合ってもらったし、缶ココアくらい奢るよ」
「雪、俺はホットコーヒーな」
文句を言いながらも、歩き出した私を挟むように二人が並んで歩き出す。左側からは陽くんの無邪気な話し声、右側からは悠くんの低い相槌。
「二年生、同じクラスだったら良いね!」
「そーだねー……」
うちの地元は田舎すぎるのか、高校でも各学年二クラスしかない。というわけで例年通りいけば、必ずどっちかと同じクラスになるんだけど……本音を言えば、二人とは違うクラスが良いなーなんて思っている。
✳✳✳
店内に入り、温かい飲料コーナーへ直行する。言われた通りホットコーヒーと缶ココア、それに自分のコンポタを手に取り、レジでお会計を済ませた。
外に出てイートイン用のベンチに腰掛けると、二人にそれぞれ缶を手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、雪ちゃん!」
「サンキュ」
少しの間、他愛のないことを話す。
「で?実際のところ、どっちのクラスになりたいん」
思い出したように悠くんがそんなことを聞いてきたので、私は当たり障りのない答えを口に出した。
「どっちでもいいけど……強いて言うなら、二人と違うクラスが良い。その方が静かで穏やかな高校生活が送れるし」
「ひどい!僕、雪ちゃんと一緒のクラスになれたら毎日ノート貸してあげるつもりだったのに」
「陽くんのノート、授業中の落書き多すぎて文字読めないじゃん」
「僕のノートはアートだよ!」と口を尖らせる陽くんをスルーしつつ、私は温かいコンポタの缶を両手で包み込んだ。
「とにかく、二年生からはお互いちょっとずつ自立!二人もファンクラブができるくらいカッコいいんだから、そろそろ女子と青春しなよ」
「俺らは別に困ってへん」
「雪ちゃん以外の女子なんて興味ないもん」
「あーはいはい、出た出た」
呆れ顔でコンポタを一口すすると、コーンの甘みと温かさが身体中に染み渡っていく。
二人は相変わらず重たいことをサラッと言うけれど、こうやって二人と下らない話をする時間は、正直言って嫌いじゃない。
(でも……やっぱり、私はもう彼氏がいるんだし)
放課後の教室で顔を赤くしていた彼氏の顔が脳裏をよぎる。手を繋いだときの、あの初々しい緊張感。
対して、両隣にいる双子は私の距離感を軽々と飛び越えてくる存在だ。この二人と一緒にいると安心するけれど、いつまでもこのままじゃいけないのも分かっている。
「……あ、そろそろ帰らんと。お母さん夕飯の準備してるかも」
「えー、もう帰っちゃうの?」
「もう六時やし!コンポタも飲み干したし!」
立ち上がって空き缶をゴミ箱に捨てると、悠くんもコーヒーを飲み干してゆっくりと腰を上げた。
「じゃあ送っていくわ。どうせ家隣やしな」
「送るも何も、徒歩十秒じゃん……」
「ダメ!送らせて!雪ちゃんが彼氏に奪われないようにガードするんだから!」
「もう付き合ってるっつの!」
結局、帰り道も二人にはさまれながら歩くことになった。
両脇からの視線と温もりを感じながら、私は『早く二人にも恋人ができますように。ついでに私に絡んでくる時間が減りますように』と心の中で密かに祈った。
「そんなど真面目な顔して祈られても、叶えてやる気ゼロやけどな」
隣を歩く悠くんが、私の顔を横目で見下ろしながらフッと鼻で笑った。
「えっ、声に出てた!?」
「出てないけど、雪ちゃんの考えてることなんて顔見れば分かるよ!」
陽くんがニコニコと笑いながら、私の左腕に自分の腕を絡めてくる。
「ちょっと、陽くん離れて!もう家の前だし、ご近所さんに見られたら変な噂立つって」
「いいじゃん。幼馴染なんだから」
「幼馴染は、抱きついて歩いていい免罪符やないの!」
バタバタと腕を振り解こうとする私をあざ笑うかのように、右側にいた悠くんがすっと距離を詰めてきて、私の頭の上にポツリと自分の顎を乗せてきた。
「悠くんまで重い!はーなーれーてー」
「今日一日、彼氏にデレデレして疲れたやろ。俺らが体重支えてやってるんや」
「支えるどころか潰しにかかってきてるから!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら家の門をくぐると、玄関のドアがガラガラと開いた。
「あら、三人ともおかえり。賑やかだと思ったら」
「「お邪魔してまーす」」
「二人とも自分の家に帰りなさい!ほら、回れ右!」
お母さんは呆れたように笑いながら「悠翔くんも陽翔くんも、上がって夕飯食べていきなさいね」なんて余計な助け船を出す。
「やった!」
「ごちそうさまです」
「ちょっと待って、私に拒否権は!?」
結局、私の抵抗も空しく、その日の夕飯も我が家の食卓には当然のように双子の姿があった。



