幼馴染からの溺愛が止まらない!

「雪ちゃん」
来た、来ると思っていたけれど。
今、私は家のリビングのソファに座って、彼氏に今週の予定のことを連絡している。
私―――小野(おの)(ゆき)は最近恋人ができて浮かれている高校一年生。
いや、正確には今年から高校二年生になるわけなんやけど。
そんな私のすぐ隣と真向かいに腰掛け、すっかり自分の家のようにくつろいでいるのは、お隣さんの悠翔(ゆうと)くんと陽翔(はると)くん。
もっと分かりやすく言えば、いわゆる『幼馴染』という関係だ。
双子で、兄の悠くんと、弟の陽くん。
​ふと視線を感じて画面から目を上げると、正面に座る陽くんが神妙そうな顔で私をじっと見つめている。
その目を見て悟った。
(あぁ、絶対ろくなことじゃないや……)
「どうしたの、陽くん」
「僕、今週末行きたいとこがあって」
「へー、行ってらっしゃい」
「三人で行くんだよ!?」
​この状況に慣れ過ぎている私は、スマホから目を切らずに流れるように即答した。
相手にペースを握られたら私に勝ち目はない。隣のソファで難しそうな単行本を開いている悠くんも、どうせ知らん顔を決め込みながら陽くんの肩を持つに決まっている。
何か言われる前に、スパッと拒否して終わらせないと!
「本当に無理だよ。だって今週末、彼氏とデートしに行くもん」
「彼氏作るなら俺達が見極めて、合格出した奴にしろって言ったのに……」
「二人の理想高いもん。世の中にそんなハイスペック男子なんかいる訳ないじゃん」
仮にいたとしても、私みたいな地味めな女子を好きになる奇跡なんて起きるはずがない。私に彼氏ができたこと自体、奇跡に近いというのに。
「雪ちゃん、駄目なの……?」
​陽くんが膝に手をつき、上目遣いで私を覗き込んでくる。その子犬のように潤んだ瞳に一瞬ひるみそうになるが、ぐっと奥歯を噛み締めて踏み止まった。
「うっ……だって、付き合って初めてのデートなんだよ?陽くんもちょっとくらい、悠くんを見習って遠慮してよ……」
「でも、僕達の方が一緒にいる時間長いし、お互いのことよく知ってるし……」
「うん、幼馴染だからね」
「僕達の方が、雪ちゃんのこと好きだもん!」
「あーもう!本当に今週末はダメなの!二人で行きゃぁ良いでしょ!?」
スマホを閉じて、ソファに叩きつける。
流されるな、陽くんは顔が整いすぎて見つめられたら何でも言うこと聞いてしまいそうだから、スッと目を逸らした。
一刻も早く、この不毛な会話を終わらせなければ!
「雪、人と話す時は目を見て話しましょうって習わんかったんか?」
次の瞬間、横から伸びてきた悠くんの大きな手に、ぐいっと顎を掴まれた。そのまま力任せに首を陽くんの方へと向けられる。
ねぇ、今グギって人の首から鳴っちゃいけない変な音鳴ったよ!?
「そこまで親しくない、付き合って数週間の奴の方が大切なんか?幼馴染で十六年間一緒におった俺らの方が優先度低いんか?」
悠くんの言葉に口ごもる。
「二人のことは好きだけど、恋愛としての好きちゃうし……」
その言葉を口にした瞬間、空気が凍った。
気まずさに耐えかねて早々に立ち上がろうとすると、陽くんががっくりと首を俯かせ、固く口を閉ざした。そして、その華奢(きゃしゃ)な肩がわずかに震え出す。
​あ、この展開はすごく嫌な予感が―――。
「……もういい」
「え」
「雪ちゃんのバカ」
​プイッと子供のようにそっぽを向く陽くん。
「うっ、うぅ……」
「な、泣くことないじゃん!あー、分かったよ!今週末一緒に行けば良いんでしょ!?」
「やったー!さすが僕達の雪ちゃん!」
「最後に俺らを選ぶって信じてたで」
「絶対、嘘泣きやったやろ!」
(くそ、また同じ手に引っ掛かってしまった……)
​陽くんは、もう十六歳のはずなのにこうして駄々をこねる。彼氏とか男友達との予定がある日に限ってこうやって邪魔をしてくるのは昔からだ。
そして悠くんはそれを止めるどころか、上手いこと裏で陽くんの肩を持つから、高校生になった今でも構図が変わらない。
もちろん陽くんの演技もタチが悪いけれど、結局最後に断りきれない私の甘さが、彼らの行動を助長させているのも分かっている。
いい加減、二人とも幼馴染離れしてほしいものだ……。
ふと視線を落とすと、ソファに放り投げたスマホの画面が光っていた。
彼氏からのメッセージだった。
『楽しみにしてるね』
(やばい、楽しみにしてくれているのに……よし、二人の用事はギリギリまで引っ張ってドタキャンしよう……)
​二人の機嫌を損ねさせずに、かつ彼氏とデートする方法は、どれだけ知恵を絞ってもこれしか思いつかなかった。
✳✳✳
それから三日後、いよいよデート当日。
昨日デートが楽しみすぎて完全に寝不足になったこと以外は、至って平和な朝を迎えていた。
​二人のグループメッセージに『ごめん、ちょっと用事できたから、今日無理かもしれん』と淡々としたお断り文言を送ったのが一分前。
ちなみに現在の時刻は朝の六時五十四分。
案の定、スマホには恐ろしい勢いでメッセージの通知音と着信履歴が刻まれている。画面を開くのが怖くて直視できないし、かといって今更既読をつけるのも恐怖でしかない。
ブーブー、とスマホが震え続ける。
机の上で跳ねるそれを、私はただ見つめていた。
……無理無理無理!!
でも、直前になってドタキャンという最悪の手を使った私が全面的に悪いのは重々分かっている。じわじわと胸を刺すような罪悪感が込み上げてきた。
(……いや、でも仕方なくない!?)
​私は突っ伏したまま、激しく震え続けるスマホをぎろりと睨みつける。
だって。だって普通、付き合って初めての彼氏とのデートを優先するでしょ!?
​なのに、あの二人は昔から、当然みたいな顔をして私の予定や生活に入り込んでくる。
小さい頃から、ずっとずっとそうだった。
夏祭りに行く時も。 修学旅行の班決めも。期末試験の勉強会も。
気付けば、隣には悠くんと陽くんがいた。
それが嫌だったわけじゃない。 むしろ、二人といる時間は楽しい。
安心するし、居心地も良い。一番気の許せる友達を挙げてって質問されたら、私は迷わず二人の名前を言うと思う。
だけど、そんな二人に甘えていたらいつかダメ人間になってしまいそうで……。
私はどうにかして、二人から自立しないといけない。
「……彼氏、できたんだもん」
ぽつりと呟く。
恋愛って、もっと特別なものだと思ってた。幼馴染とは違う、ドキドキする感じ。
ちゃんと女の子として見てもらえる感じ。
だからこそ、今日という日をずっと楽しみにしていたのに。
それから数十分後。
階下に降りる前、お母さんには「絶対に二人を家に上げないで!」と何度も念を押して頼んだはずだった。
それなのに―――どうして二人が、当然のような顔をして私の部屋のソファに収まっているのだろうか。
「ねぇ、雪ちゃん。聞いてる?」
陽くんがギュッと私を抱きしめながら首を傾げてきた。
「き、聞いてる……」
「ほんまに?」
前からは悠くんが覗き込んでくる。 逃げ場、ゼロ。
私はソファの端に追い詰められたまま、二人の顔を交互に見た。
「……ごめん」
「何が?」
「ドタキャンしたこと……」
「別に怒ってないよ」
「え?」
陽くんはにこ、と笑う。
「帰って来たら今日の分、一緒にいようね」
「えぇ……」
思わず顔を引きつらせると、陽くんが不満そうに頬を膨らませた。
「ドタキャンした分だと思って、一緒に遊ぶくらいは良いでしょ……」
「……まぁ、それくらいなら」
「ほんま?どこ行こうかな〜」
​途端にぱっと顔を明るくする陽くん。単純というか何というか。
「ただし!今日はちゃんと彼氏とのデート優先やからね!?」
釘を刺すように言うと、陽くんはむぅっと唇を尖らせた。
「分かってるよぉ……」