ベンチから始まる怪談譚

 夏休みも終わり、二学期が始まった。

 学校へ行って、授業を受けて、家へ帰る。

 当たり前の日々を、少しだけ前を向いて歩けるようになっていた。

 あの後、僕は雫に「このイヤリング、お墓に供えてくるよ」と伝えた。

 でも雫は少し困ったように笑って、

「うーん……。盗まれたり、捨てられたりしたら嫌だから、君が持っててよ」

 そう言った。

 それから、イヤリングを探しに何軒も店を回ったことを話すと、雫は嬉しそうに微笑んだ。

「そこまでできたんなら、もう君は大丈夫だね。コミュ症なんかじゃない。きっとこの先、友達も作れるよ」

 少し照れくさそうに笑うと、雫はこう続けた。

「だって、君は幽霊と友達になれるんだよ」

 そう言って、雫は声をあげて笑った。

 少しだけ、僕の日常は変わった。

 毎日、高台のベンチへ通うことはなくなった。

 雫の言う通り、二学期の席替えで前の席になった男子が、偶然にも僕の好きな小説の愛読者だった。

 その話で意気投合して、初めて「友達」と呼べる存在ができた。

 放課後は、最後の下校を促す放送が流れるまで教室で話したり、一緒に本屋へ行ったりするようになった。

 そんな毎日を過ごしているうちに、高台のベンチへ向かう時間は少しずつ減っていった。

 それでも、カバンにはあの日のイヤリングが今も大切に入っている。

 それが、雫の望んでいた未来だったのだと思う。

 僕は雫に救われた。

 でも、雫も僕に救われたと言ってくれた。

「きっと君に出会わなければ、私が出会ってきた霊に取り憑いていた悪霊みたいに、いずれ私も同じように、この高台から誰かを突き落としていたかもしれないじゃない」

 雫はそう笑っていた。

 あの時は冗談だと思って笑い返したけれど、今思えば、あながち間違いではなかったのかもしれない。

 僕たちは、生者と死者だった。

 それでも、お互いを支え合い、救い合った、大切な友達だ。

 時々、夕焼けを見ると、向日葵のように笑う雫を思い出す。

「ありがとう、編集長」

 その言葉は、夕焼けの空へ静かに溶けていった。