付き合ったら、もっと距離感がおかしくなった

目を覚ます。

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、ぼんやりと部屋を照らしていた。

まだ少し眠たい頭で天井を眺める。

昨日のことを思い出す。

……いや。

昨日というより。

昨夜。

一気に目が覚めた。

隣を見る。

彼がいる。

静かに眠っている姿を見て、ようやく現実を思い出した。

昨日。

私たちは付き合った。

「…………」

布団を鼻のあたりまで引き上げる。

付き合った。

正式に。

昨日までなら、

「付き合ってないのに、なんでこんなことになってるんだろう」

だった。

それが今日からは違う。

隣にいることも。

一緒に朝を迎えることも。

昨日の夜のことも。

全部。

恋人同士なら、許される。

……いや。

許されるって何。

そもそも私は、何を今さら恥ずかしがっているんだ。

昨日までの自分なら、もっと平然としていたはずなのに。

そう思いながら隣を見る。

彼が寝返りを打った。

こちらを向く。

「……おはよう」

眠そうな声。

たったそれだけで、胸が跳ねた。

「おはよう」

返事をしてから、顔を逸らす。

おかしい。

昨日まで何度も聞いた声なのに。

今日は、少し違って聞こえる。

彼氏になった。

たったそれだけなのに。



朝ごはんを食べている間も、彼はいつも通りだった。

美味しいものを見つければ嬉しそうに笑って。

何か思いつけば楽しそうに話して。

たまにこちらを見て、いつものように笑う。

何も変わっていない。

変わったのは、たぶん私の方だった。

昨日までなら何とも思わなかった仕草が、今日は妙に目につく。

箸を持つ手。

笑ったときの目元。

少し首を傾ける癖。

何気なくこちらに向けられる視線。

そのたびに、

(……彼氏なんだよな)

と、頭の中で繰り返してしまう。

付き合う前から、十分すぎるほど近かった。

なのに。

恋人という名前がついただけで。

その距離が急に特別なものになった気がした。



食事を終えて外へ出る。

並んで歩く。

昨日までと同じ道。

昨日までと同じ距離。

なのに、隣にいる彼の存在がやけに大きく感じられる。

ふと視線を落とす。

すぐ隣に、彼の手がある。

一度見る。

もう一度見る。

自分でも何をしているのか分からない。

すると、彼がこちらに手を差し出した。

「……?」

何も言わず、その手を見る。

それから少し迷って。

そっと自分の手を重ねた。

指が触れる。

ゆっくりと絡まる。

たったそれだけ。

それなのに、心臓がうるさい。

昨日まで。

もっと近くにいたはずなのに。

もっと無茶なことをしていたはずなのに。

どうして今さら、手を繋ぐだけでこんなに緊張するんだろう。

彼が少しだけ手に力を込める。

私も、同じように握り返す。

前を向いたまま。

何も言わない。

でも。

繋いだ手だけは、離れなかった。



付き合う前は。

彼との距離が近すぎることになんとも思っていなかった。

でも今は。

恋人になったからこそ。

その距離を意識してしまう。

「好きな人」だった彼が。

今日からは、

「恋人」になった。

その事実を、私はまだ上手く飲み込めずにいた。

それでも。

繋いだ手の温度だけは。

不思議なくらい心地よかった。