君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

「久しぶり」

そう言って笑った彼を見た瞬間。

胸の奥が、ほんの少しだけ揺れた。

けれど。

私はすぐに笑い返した。

「久しぶりです」

それだけ。

昔みたいに、心臓が飛び出しそうなほどではない。

少なくとも。

そう思っていた。



「元気でした?」

「元気でしたよ。そっちは?」

「私も元気」

そんな、当たり前の会話。

久しぶりなのに。

不思議なくらい自然だった。

以前と同じように話せる。

でも。

以前とは少し違う。

あの頃の私は、彼の一言一言を気にしていた。

今は違う。

彼が何を思っているのかを、以前ほど必死に探ろうとはしなかった。

ただ。

久しぶりに会えたことが嬉しかった。

それだけだった。

……たぶん。



食事をしながら。

近況を話す。

彼が勉強していたこと。

試験のこと。

日本に来た理由。

私は大学のことや、最近やっていることを話す。

「忙しそうですね」

「そっちも大変だったんじゃない?」

「まあ……結構(笑)」

彼が笑う。

私も笑う。

その瞬間。

ふと、昔の記憶が重なった。

カフェ。

向かいに座っていた彼。

そして。

あの笑顔。



私は少しだけ彼を見つめた。

やっぱり。

変わってない。

いや。

少し変わった。

以前より落ち着いた気がする。

でも。

笑うと。

目尻がくしゃっと下がる。

口元が大きく開く。

あの無邪気な笑顔だけは。

何も変わっていなかった。

胸の奥が。

また、小さく跳ねる。



「どうしました?」

「え?」

「なんか見てたから」

「……いや」

私は少し笑った。

「変わってないなって思って」

「何が?」

「笑い方(笑)」

彼は少し困ったように笑った。

「そんな変わる?」

「変わらない(笑)」

また笑う。

その笑顔を見て。

私は思った。

ああ。

この人のこういうところ。

やっぱり好きだな。



その瞬間。

以前なら、慌てて否定していたかもしれない。

「いや、好きっていうのはそういう意味じゃなくて」

なんて。

でも。

今は違った。

私は、その気持ちを否定しなかった。

好き。

そう思った。

ただ。

それは昔のような、苦しい「好き」ではなかった。

振り向いてほしい。

私だけを見てほしい。

そういう焦りではない。

ただ。

この人のことが好きだ。

そう思った。



食事を終える。

店を出ると、夜の空気が少し冷たかった。

「少し歩きます?」

彼が言う。

「うん」

二人で歩き始める。

街の灯り。

人の声。

車の音。

その中を、並んで歩く。

以前と同じような距離。

けれど。

今の私は。

以前よりずっと穏やかだった。



「そういえば」

彼が言った。

「前に会ったとき、結構歩きましたよね」

「歩いたね(笑)」

「疲れてなかった?」

「ちょっとだけ(笑)」

「やっぱり(笑)」

彼が笑う。

私はその横顔を見る。

そして。

あの日のことを思い出す。

自転車が後ろから来たとき。

さっと引き寄せられたこと。

あのときの彼の腕。

あの瞬間の驚き。

そして。

カフェで見た笑顔。



私はふと立ち止まった。

彼が振り返る。

「どうした?」

「……ううん」

少しだけ迷った。

言おうか。

どうしようか。

でも。

今日は。

言ってもいい気がした。



「私ね」

彼がこちらを見る。

「前に会ったあと、一回すごく好きになったんですよ」

彼の表情が止まる。

私は笑った。

「でも、自分でも全然気づいてなくて」

「……そうだったんですか?」

「うん」

夜の街で。

私はゆっくり話した。

「振られたときに初めて気づいた」

彼は何も言わない。

ただ。

静かに聞いている。



「だから、しばらく結構引きずってた(笑)」

「……ごめん」

「いや、謝らなくていいよ」

私は首を振った。

「今はもう大丈夫」

それは本当だった。

昔みたいな痛みはない。

私はちゃんと、自分の毎日を生きてきた。

彼がいない時間も。

ちゃんと楽しかった。

だからこそ。

今ここにいる彼を。

昔とは違う目で見られる。



「それに」

私は少し笑った。

「一回忘れたんですよ」

「え?」

「ほんとに。結構忘れてた」

彼が少し驚いた顔をする。

「でも」

私は彼を見る。

「今日会ったら、やっぱり好きだなって思いました」

言ってしまった。

今度は。

自分の気持ちを知った上で。



しばらく。

彼は何も言わなかった。

私も急かさなかった。

昔だったら。

彼の表情一つで不安になっていたかもしれない。

でも。

今は違う。

私はただ。

自分が本当に思ったことを伝えただけだった。



彼が、ゆっくり口を開く。

「……僕も」

その一言で。

私は顔を上げた。

「前に会ったときから、なんか気になってました」

「……え?」

「でも、あの頃は自分でもよく分かってなくて」

少し照れたように笑う。

その顔が。

あまりにも彼らしくて。

私は思わず笑ってしまった。



「じゃあ」

私は少しだけ勇気を出した。

「もう一回、聞いてもいい?」

「何を?」

「私と付き合ってみませんか」

今度は。

ちゃんと告白した。

逃げずに。

誤魔化さずに。

自分の気持ちを。



彼は少し黙った。

そして。

ふっと笑った。

あの笑顔だった。

目尻がくしゃっと下がって。

口元が大きく開く。

私が一番最初に惹かれた。

あの笑顔。

「……はい」

その一言を聞いた瞬間。

胸の奥がいっぱいになった。



私は笑った。

「ほんと?」

「ほんとです(笑)」

「なんか、実感ない」

「僕も(笑)」

二人で笑う。

あの日。

私はこの人を好きだと知らないまま。

初めて会った。

そして。

帰りの空港で。

振られて初めて。

自分の気持ちを知った。

それから。

一度忘れた。

自分の人生を生きた。

そして。

もう一度会った。



今度は。

「好きかもしれない」じゃない。

「忘れられない」でもない。

ただ。

好きだから、好きだと言った。

そして。

彼も。

同じ気持ちを返してくれた。



帰り道。

隣を歩く彼との距離が。

ほんの少しだけ近くなる。

ふと。

車が通る。

彼が自然に私の車道側へ回った。

私は思わず彼を見る。

「……またそれするんだ(笑)」

「何が?」

「いや、なんでもない(笑)」

彼は不思議そうな顔をしている。

その顔が可笑しくて。

私は笑った。



あの日。

自転車から守ってくれた人。

無邪気に笑っていた人。

法律の勉強ばかりしていると思ったら、思った以上にお茶目だった人。

一度は私の恋を終わらせた人。

そして。

私が一度忘れたあと。

もう一度、好きになった人。



私は隣を歩く彼の手を。

そっと握った。

彼も。

少し驚いたあと。

握り返した。

その温度を感じながら。

私は思った。

あの日。

自分でも知らないうちに始まっていた気持ちは。

遠回りをして。

一度終わって。

それでも。

ちゃんとここまで辿り着いたのだ。

今度こそ。

私は、この人を好きだと知っている。

そして。

この人も、私を好きだと言ってくれた。