君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

日本に帰ってから。

いつもの生活が戻ってきた。

大学へ行く。

授業を受ける。

課題をする。

趣味を楽しむ。

韓国語を勉強する。

そんな、いつもの毎日。

なのに。

私の中だけが、少し変わってしまった。



スマートフォンを開く。

そこには、いつも通り彼との会話が残っている。

昨日までなら。

何も考えずに開けた。

面白い話があれば送る。

何か聞きたいことがあれば聞く。

返信が来れば返す。

それだけだった。

でも。

今は違う。

一つメッセージを送るだけでも、少し考えてしまう。

これは送っていいのかな。

迷惑じゃないかな。

重くないかな。

そんなことばかり気にするようになった。



それでも。

数日経った頃。

私は結局、いつものようにDMを送った。

本当にくだらない内容だった。

韓国で見かけたものの話。

囲碁の話。

日本で起きたちょっとした出来事。

送信。

しばらくして。

返信が来た。

いつも通りだった。

普通に返してくれる。

ちゃんと話を続けてくれる。

私が投げた話題に反応して。

質問まで返してくれる。

その瞬間。

胸が少しだけ軽くなった。

「……よかった」

思わず、そう呟いた。



でも。

同時に。

少しだけ苦しくなった。

彼は何も変わっていない。

優しい。

話しやすい。

ちゃんと返事をくれる。

だからこそ。

あの日のことが、夢だったみたいに思える。

私だけが勝手に傷ついて。

私だけが勝手に彼を好きだと気づいて。

私だけが、勝手に苦しんでいる。

彼にとっては。

今日もただのDMなのかもしれない。



私はスマートフォンを伏せた。

「……やめようかな」

何度目か分からない。

そう思った。

もう送らない方がいい。

自分から話しかけなければ。

少しずつ忘れられるかもしれない。

彼から始まることはない。

だったら。

私がやめれば、それで終わる。

簡単なことだった。



でも。

翌日になると。

また何か話したくなる。

SNSを開く。

彼のストーリーを見る。

投稿を見る。

彼からのいいねがついている。

その程度のことなのに。

少し嬉しい。

「……ほんと、諦め悪いな」

自分で笑ってしまう。

でも。

それでも送る。



彼との会話は、以前と同じように続いた。

もちろん。

以前とは少し違う。

毎日必ず話すわけではない。

彼から始まることもない。

私が送れば、返ってくる。

何日か空くこともある。

でも。

途切れたと思った頃に、また話す。

そんな関係になった。



私は時々。

彼から来たメッセージを読み返した。

以前なら、ただ面白かった言葉。

今では。

少し違って見える。

「このとき、こんなこと言ってたな」

「この話、覚えててくれたな」

「このとき笑ってたな」

そして。

会った日のことを思い出す。

あの笑顔。

目尻がくしゃっと下がって。

口元が大きく開く。

あの瞬間。

胸の奥が跳ねたこと。

自転車から守ってくれたこと。

「危ない」と言われた声。

そして。

「他の男、紹介しようか?」

と言われたときの、あの小さな痛み。

全部。

まだ鮮明だった。



彼との会話を、一番上まで遡る。

最初のメッセージ。

彼から来たDM。

そこから毎日のように続いた会話。

私は画面を眺めながら思った。

もし。

あの日、フォローしなかったら。

もし。

彼からDMが来なかったら。

もし。

毎日話すようにならなかったら。

もし。

韓国へ行かなかったら。

もし。

会わなかったら。

私は。

この人を好きになることなんてなかったのだろうか。



答えは分からなかった。

でも。

一つだけ分かっていることがある。

もう。

「好きじゃない」とは言えない。

だから。

諦めようとしても。

簡単にはできなかった。



それでも私は。

自分の生活を続けた。

大学の課題。

韓国語。

趣味。

友達との予定。

やりたいこと。

行きたい場所。

彼以外にも、私の毎日はちゃんとある。

そのことが。

少しだけ救いだった。

ずっと彼のことだけを考えているわけじゃない。

笑える日もある。

楽しい日もある。

彼のことを、一日中思い出さない日だってある。

でも。

ふとした瞬間。

何かを見て。

韓国語を聞いて。

趣味をして。

SNSを開いて。

彼を思い出す。



ある日。

彼から、いいねが来ていた。

勉強についての、何気ない投稿。

それだけ。

本当に、それだけなのに。

画面を見たまま、少し笑った。

もう諦めようとしていたのに。

そんな小さなことで。

また嬉しくなってしまう。



でも。

私はもう。

以前の自分とは違った。

あの人に好かれるために、自分を変えようとは思わなかった。

振り向いてもらえるかどうかばかりを考えることもしなかった。

ただ。

好きだった。

今も好き。

それだけ。

そして。

好きだからといって。

私の人生まで止める必要はない。

そう思えるようになっていた。



だから。

私は今日も自分の生活をする。

大学へ行って。

勉強して。

友達と笑って。

韓国語を話して。

趣味を楽しんで。

新しい場所へ行く。

そして。

たまに彼にDMを送る。

彼からは来ない。

それでも。

返事は来る。

その距離が。

少し寂しくて。

でも。

完全に失ってしまうよりは、ずっと嬉しかった。



ある夜。

彼とのDMを閉じる。

スマートフォンをベッドの横に置く。

私は天井を見上げた。

「……いつまで好きなんだろ」

自分でも分からない。

いつか。

自然に忘れるのかもしれない。

新しい人を好きになるのかもしれない。

そのときには。

今日のことだって、笑って思い出せるのかもしれない。

そう思う。

でも。

今はまだ。

好きだった。



そして。

この頃の私は知らなかった。

この先。

彼が司法試験の勉強に追われるようになり。

SNSから、少しずつ姿を消していくことを。

DMも、さらに少なくなって。

私の方も。

自分の人生に追われるようになって。

いつしか。

彼のことを考えない日が増えていくことを。

そして。

本当に忘れかけた頃。

何の前触れもなく。

彼の名前が。

再び私の画面に現れることを。



そのときの私はまだ。

知らなかった。

ただ。

今日も変わらない夜だった。

スマートフォンの画面を閉じる。

部屋が暗くなる。

私は目を閉じる。

そして。

ほんの少しだけ笑った。

好きな人から、連絡が来るのを待つ夜だった。