君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

私はまだ、彼とのDMを続けていた。

今日一日のこと。

どこへ行ったとか。

何を食べたとか。

くだらない話。

そんなことを、いつもと同じように話している。

けれど。

今日だけは、少し違った。

もうすぐ、この人と離れる。

その事実が、ずっと頭の片隅にあった。



「今日は本当に楽しかった」

そう言うと、彼も笑った。

「僕も」

その笑顔を思い出しては、

また、あの感覚が胸の奥に広がった。

今日、何度目だろう。

この人が笑うたびに、私は少し嬉しくなる。

何でもないことなのに。

ただ笑っていただけなのに。

どうしてこんなに印象に残るんだろう。

私はそんなことを考えながら、彼の顔を見ていた。



ふと。

彼が言った。

「また韓国来たらいいよ」

「うん」

「また来たい」

本当にそう思った。

でも、その言葉を口にしたあと。

ほんの少しだけ、寂しくなった。

また来たい。

でも、次に来るのはいつになるんだろう。

そもそも。

そのときも、こうして会えるのだろうか。

そんな考えが頭をよぎった。



そして。

そのDMの流れで。

彼が、少しだけ真面目に話しだす。

「でも……」

「僕は、たぶん――」

その先の言葉を見た瞬間。

胸の奥が、すっと冷たくなった。

それは、優しい言葉だった。

だからこそ。

余計に苦しかった。

彼は私を嫌っているわけではない。

一緒にいるのも楽しかったと言ってくれる。

DMも続いている。

話しやすいとも思ってくれている。

でも。

それと、恋愛とは別だった。

それだけは、はっきり分かった。



「そっか」

仕方がなかった。

「うん、分かった」

たぶん、私を傷つけないように言葉を選んでいた。

優しかった。

最後まで、優しかった。

だから私は、

「ありがとう」

と送った。

それしか言えなかった。



それで終わりだった。

告白をしたわけじゃない。

「好きです」と伝えたわけでもない。

なのに。

なぜか。

私は、振られたような気がした。

帰りの電車の中。

窓の外をぼんやり眺める。

街の景色が流れていく。

今日一日が終わっていく。

さっきまで隣にいた人が。

もう隣にいない。

それだけだった。

なのに。

胸が痛かった。



「……なんで?」

小さく呟く。

どうしてこんなに苦しいんだろう。

別に。

付き合いたいなんて思っていなかった。

少なくとも。

私はそう思っていた。

彼は私のタイプじゃない。

顔がど真ん中なわけでもない。

会う前から好きだったわけでもない。

むしろ。

「別に好みじゃないし」

そうやって何度も自分に言い聞かせていた。

なのに。

どうして。

こんなに苦しい。



空港に着いてからも。

何度もスマートフォンを見た。

彼とのDM。

今日の会話。

写真。

そして。

今日撮った、彼の笑顔。

目尻がくしゃっと下がって。

口元が大きく開いて。

何も考えていないみたいに笑っている。

私はその写真を見つめた。

胸がまた痛くなった。

そこで。

ようやく。

今日一日のことだけじゃなく。

これまでのことが、一気に頭の中に浮かんできた。



彼から最初にDMが来たこと。

毎日のように話すようになったこと。

返信が来るのを待っていたこと。

来ない日は、何度もスマートフォンを確認したこと。

過去のDMを読み返したこと。

彼が前の話を覚えていてくれたことが嬉しかったこと。

日本語を聞かれるのが嬉しかったこと。

韓国語を直されるのが嬉しかったこと。

韓国へ行くと決まったとき。

会えると知って、楽しみだったこと。

実際に会って。

「思ってたより、かっこいい」

と思ったこと。

ぽやぽやしていて。

無邪気で。

くだらないことで笑って。

それなのに、ふとした瞬間にはかっこよくて。

自転車から守られたとき。

胸が跳ねたこと。

カフェで笑ったとき。

目を離せなくなったこと。

そして。

「他の男を紹介しようか?」

と言われたとき。

あんなに嫌だったこと。



私は、そこで初めて気づいた。

「……あ」

声が漏れた。

それまでバラバラだったものが。

全部、一つにつながった。

DMを待っていたこと。

会いたいと思ったこと。

笑顔が好きだったこと。

もっと知りたいと思ったこと。

他の誰かを紹介されるのが嫌だったこと。

帰るのが寂しかったこと。

そして。

今。

彼と恋愛関係になれないと知って。

こんなにも苦しいこと。

全部。

同じところから来ていた。



「……私」

言葉が続かない。

目の奥が熱くなる。

私はスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。

そして。

ようやく。

自分の中に浮かんだ言葉を、そのまま認めた。

「私、彼のこと、好きだったんだ」

その瞬間。

胸が、ぎゅっと締め付けられた。

ああ。

そうだったんだ。

私はずっと。

この人のことが好きだった。

いつからかなんて分からない。

最初からじゃない。

一目惚れでもない。

気づいたときには。

もう、好きになっていた。



だから。

「他の男紹介しようか?」

が嫌だった。

だから。

DMが来ないと寂しかった。

だから。

今日、帰るのが嫌だった。

だから。

「恋愛対象ではない」と知った瞬間。

こんなにも苦しかった。

全部。

全部、今なら分かる。

なのに。

どうして私は。

もっと早く気づかなかったんだろう。



涙が一粒、落ちた。

慌てて拭う。

空港の人混みの中。

誰にも見られたくなかった。

でも。

止まらなかった。

今日まで。

私はずっと、自分の気持ちを別の名前で呼んでいた。

「話が合うから」

「仲がいいから」

「もっと知りたいだけ」

「また会いたいだけ」

そうやって。

何度も何度も。

自分を納得させていた。



でも。

もう誤魔化せなかった。

私はこの人が好きだった。

そして。

そのことに気づいた瞬間には。

もう、遅かった。

彼は私を恋愛対象として見ていない。

それが分かってしまった。

だから。

私は今。

初めて好きになった人に。

初めて自分の気持ちを知ったその日に。

失恋していた。



搭乗案内が流れる。

私はゆっくり立ち上がった。

スマートフォンを握る。

最後にもう一度。

彼とのDMを開く。

今日の最後のメッセージ。

何度も読み返す。

返信を打とうとして。

やめる。

何を書けばいいのか分からなかった。

「今日はありがとう」

それだけ送った。

少しして。

彼から返信が来た。

優しい言葉だった。

いつもと変わらない。

その文字を見た瞬間。

また泣きそうになった。



私はスマートフォンを伏せた。

そして。

ゆっくり歩き出した。

飛行機に乗れば。

日本に帰れば。

またいつもの生活に戻る。

大学。

勉強。

趣味。

韓国語。

いつもの日常。

そして。

その日常の中に。

彼とのDMも残る。

だから。

完全に失ったわけではない。

それでも。

今日までとは、もう違う。

今まで何気なく送っていた一言も。

返信を待つ時間も。

彼の名前が通知欄に出ることも。

全部。

「好きな人」として見えてしまう。



飛行機の窓から、夜の街を見下ろす。

遠ざかっていく光。

私は小さく息を吐いた。

まさか。

こんなことになるなんて。

会う前は。

「別に好みじゃないし」

なんて笑っていたのに。

会ってみたら。

笑顔が好きになって。

仕草が好きになって。

優しさが好きになって。

そして。

気づいたときには。

もう遅かった。



私は窓の外を見ながら、心の中で呟いた。

「……好きだったんだ」

その言葉を。

今度は、否定しなかった。

そのとき初めて。

私は、自分の気持ちに名前をつけた。