君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

実際に会ってみると。

やっぱり、写真とは少し違った。

いや。

「少し」どころではないかもしれない。

写真では、もっと真面目そうに見えていた。

落ち着いていて、少し近寄りがたくて。

法律の勉強をしているという話も相まって、勝手にそんな人物像を作っていた。

けれど。

目の前にいる彼は、思っていたよりずっと柔らかかった。

少しぽやっとしていて。

話していると、ふっと表情が緩む。

何かに反応するときも、どこか素直で。

時々、どうしてそんなところでそんな反応をするのだろうと思うくらい、無邪気だった。

「……なんか、思ってた感じと違う」

心の中でそう思った。

でも。

嫌な違いではなかった。

むしろ。

もっと知りたいと思うような違いだった。



歩きながら話していると、DMでは分からなかったことが次々と見えてくる。

文章では落ち着いているのに、実際に話すと意外とよく笑う。

何かを説明するときは真面目なのに、ちょっとしたことで急に子どもみたいな表情になる。

そのたびに私は、

「こんな顔するんだ」

と思った。

画面の中にいた人が、今は目の前で動いている。

当たり前のことなのに、それが妙に不思議だった。



途中、彼が日本語について尋ねてきた。

「これ、日本語だとなんて言う?」

以前DMでも聞かれたことがある。

でも。

直接聞かれると、少し違った。

私は答える。

彼はそれを聞いて、

「なるほど」

と頷く。

そして少し考えてから、もう一度その言葉を口にする。

その発音を聞いていると。

なんとなく可笑しくなった。

「何(笑)」

「いや、なんでもない(笑)」

笑いながら歩く。

そんな何気ないやり取りが、妙に楽しかった。



私が韓国語を使ったときには、やっぱり彼から訂正が入った。

「あ、それはこっちの方が自然」

「あ、そうなの?」

「うん」

さらっと教えてくれる。

私は笑う。

「細かいなあ(笑)」

「だって違うから(笑)」

そんなやり取り。

別に特別な会話ではない。

なのに。

DMで何度もしてきたやり取りが、今は目の前で起きている。

それだけで、少し嬉しかった。



しばらく歩いていると。

後ろから、自転車の音が聞こえた。

私は気づかなかった。

次の瞬間。

身体がふっと引き寄せられた。

「危ない」

彼の腕が、私を歩道の内側へ寄せていた。

すぐ横を自転車が通り過ぎる。

私は一瞬、何が起きたのか分からなかった。

「……あ」

遅れて状況を理解する。

「ごめん、ありがとう」

「うん」

彼はそれだけ言った。

何事もなかったみたいに、また歩き始める。

私はその隣を歩きながら。

さっき引き寄せられた感覚を、なぜか何度も思い返していた。



どうしてだろう。

胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

別に。

大したことじゃない。

たまたま彼が気づいただけ。

危ないものが来たから避けただけ。

きっと誰にでもする。

そう思う。

なのに。

さっきまでより、少しだけ彼を意識してしまう。

隣を歩いていること。

歩く速度。

時々こちらを見ること。

何でもない仕草まで、妙に目に入る。

私は自分でも少しおかしくなって。

視線を前に戻した。



そのあと、カフェに入った。

飲み物を前にして、またくだらない話をする。

DMで話していたときと同じような話。

でも。

実際に向かい合っていると、やっぱり違った。

声がある。

表情がある。

笑うタイミングがある。

文字では分からなかったものが、全部目の前にある。

そして。

何かの話をしている途中だった。

彼が笑った。

目尻がくしゃっと下がって、口元が大きく開く。

あまりにも無邪気な笑顔だった。

一瞬。

私は何も言えなくなった。

胸の奥が、ほんの少しだけ跳ねる。

「……」

どうしたんだろう。

ただ笑っただけなのに。

なのに。

その顔から、目を離せなかった。

彼はそんな私には気づかず、楽しそうに話を続けている。

私は少し遅れて、

「……ふふ」

と笑った。



たぶん。

あの瞬間が、一番最初だった。

「この人、いいな」

そう思ったのは。

顔が好みだったわけではない。

むしろ、写真を見ていた頃はそんなふうに思っていなかった。

でも。

実際に会ってみたら。

思っていたよりずっと可愛くて。

思っていたよりずっと無邪気で。

そして時々。

ふとした瞬間だけ、かっこよく見えた。

その落差が、妙に心に残った。



帰り道。

また二人で歩く。

少しずつ、今日が終わりに近づいている。

楽しかった。

本当に。

思っていた以上に。

私は何度も今日のことを思い返していた。

笑顔。

会話。

仕草。

さっきの自転車。

全部。

帰国してからも、きっと思い出すだろう。

そう思った。

でも。

それが「恋」だなんて、まだ思わなかった。

ただ。

「また会えたらいいな」

それだけだった。



そして。

そんな時間の中で。

彼から、思いがけない言葉が出た。

「そういえば……」

何気ない調子だった。

私は彼を見る。

彼は少し考えるような顔をしてから。

まるで本当に親切な提案をするみたいに言った。

「誰か、紹介しようか?」

一瞬。

意味が分からなかった。

「……え?」

「日本人の友達とか。いい人いるかも」

彼は悪気なく笑っている。

たぶん。

本当に親切心だった。

だからこそ。

私はうまく笑えなかった。

胸の奥に。

小さな針を刺されたような感覚がした。

「……ああ」

それだけしか言えなかった。

どうしてだろう。

別に。

彼に恋人がいるわけでもない。

私だって、彼のことを好きだなんて思っていない。

そもそも。

紹介してくれると言っているだけだ。

むしろ親切じゃないか。

そう思う。

なのに。

どうしてこんなに嫌なんだろう。

どうして。

「それはいいかな」

と断りたくなったんだろう。



私は結局、曖昧に笑った。

「大丈夫(笑)」

彼も笑った。

それ以上、その話は続かなかった。

けれど。

その後も、胸の奥に小さな違和感だけが残った。

私はそれを、深く考えないことにした。

疲れているだけ。

今日はいろいろあったから。

初めて会ったから。

きっと、少し感情が揺れているだけ。

そうやって。

また一つ。

自分の中に生まれた感情を、名前のないまま片づけた。



その日の帰り道。

私は隣を歩く彼を、何度か盗み見た。

ぽやっとした横顔。

時々こちらを見て笑う。

さっきまでの会話を思い出して、また少し笑ってしまう。

楽しかった。

本当に。

だから。

この時間が終わってしまうことが、少し寂しかった。

その理由も。

まだ分からなかった。

ただ。

この人と、もう少し一緒にいたい。

そんなことを思っていた。

そして。

その気持ちが、数時間後。

自分でも思いもしなかった形で、自分自身を追い詰めることになるなんて。

このときの私は、まだ知らなかった。