朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 祭壇と別人格の声に気を取られていたヨルは、壇下に近付いてきた人の気配に気付かなかった。

「ヨル様!!」

 ランナの凛とした声が神殿に響き渡る。階段の下ではランナを真ん中にして、モニカ、ポーラの三人の王妃が並んで立っている。
 その後方には、王妃たちの背中を守るようにして軍服のカレンが控えている。その腰には二本の長剣を帯びている。

「貴様ら……何しに来た……」

 未だに腕を動かせないヨルは顔だけを壇下に向けて王妃たちを睨みつける。その歪んだ表情が示すのは怒りではなく苦悶。
 ヨルの赤い悪魔の瞳がモニカの姿を捉えると苦悶の表情が和らいでいく。同時にヨルの黒髪が薄れて銀色へと変色し始める。
 その銀髪を目に映したモニカが一歩前に足を踏み出す。

「アサ様……!」

 ランナは片手を優しく添えてモニカの背中を押す。愛する人の元へと送り出すために。

「モニカ様、行ってください」

 モニカは振り返らずに歩き出す。白いドレスのスカートの裾を両手で持ち上げると、祭壇へと続く階段を一歩一歩、強く踏みしめながら上っていく。
 その視線は真っ直ぐに壇上のヨル……いや、アサだけを見据えている。
 モニカの手が届くほどに近付いた時には、祭壇の前のヨルだった男は完全にアサの姿に変わっていた。

「アサ様……」

 モニカが碧眼に涙を溢れさせながら両手を伸ばしてアサの頬を包む。アサは愛しそうにモニカの手に触れながら微笑む。

「モニカさん。最後にお別れを言えて良かったです」

 アサの人格が完全に蘇った訳ではない。僅かに残ったアサの人格の残留思念であり、これが最後の時であった。
 モニカの瞳から次々と零れ落ちる涙の雫を、アサの指先が優しく拭っていく。

「モニカさん、愛しています。あなたは僕の誇りです。最強の聖女で最愛の妃です」
「……私は……アサ様のおかげで、愛のおかげで……弱かった私は、ここまで……」

 モニカの声は涙で掠れて言葉にならない。モニカの愛も最初から変わっていない。その証に、呪いが解けた今でも白銀の指輪が薬指で輝いている。

「泣かないでください。モニカさんは強いはずです。もう一人でも大丈夫ですよね?」

 モニカは唇を噛み締めて首を横に振る。飛び散った涙がアサの頬に触れるほどに二人の距離は近付いていく。
 唇が触れ合う直前、アサは最後に最大の愛を言葉で伝える。

「幸せでした。永遠に愛しています、モニカ」

 初めてアサがモニカの名を呼び捨てで呼んだ時、最大の愛を受け取ったモニカの中で最大の聖力が生まれ弾ける。
 レッドリア最弱の聖女であったモニカは、今この瞬間に最強の聖女としての能力を得た。

(アサ様が目覚めさせてくださった私の能力……これは、アサ様をお救いするための力)

 アサと結婚してから得た治癒の能力。そして今、愛によって目覚めた新たな能力は、古来より『最強の聖女』のみに宿る伝説の力。
 聖女の能力は殺し合いに使うものではない。救うためにあるのだと、モニカは自分の中に生まれた力を胸に抱きしめる。