朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 階段を上って地上に出ると城の裏側に出た。薄暗い城壁の隅には鉄製のダストボックスが数個並んでいる。
 そのすぐ側には裏口のドアがある。そこから城内へと入ると、昼の城の廊下に繋がっていた。

(やっぱり、なんかおかしい……城の中も人が少ない気がする)

 おそらくまだ昼前だが、廊下を歩いていても誰ともすれ違わない。ランナは走り出すと昼の城から朝の城へと繋がる連絡通路を一気に駆け抜ける。
 アサの部屋の前まで来ると、躊躇いなくドアを開ける。今は何よりもアサを解毒するのが先決だと思った。
 ……しかし、アサが寝ていたはずのベッドには誰もいない。その傍らには上半身をベッドの上に乗せて顔を伏せているモニカの姿だけがあった。

(どういうこと? モニカ様……)

 ベッドに近付いてモニカの顔色を確認しようとするが、よく見えない。眠っているというより気を失っているように感じる。
 その時、急に背後に人の気配を感じたランナの背筋が凍る。聖女の本能だろうか、振り向かなくても体が邪気に反応する。

「残念だったな、昼の女」

 空気さえも凍らせてしまう重い声。愛しい人と同じ声のはずなのに、それはランナの魂すら震わせる。
 恐る恐る振り返ると、目に飛び込んだのは夜にしか見た事のない彼の黒髪。ヴァクト陛下の夜の人格・ヨルだった。

「な、なんで……」

 魂の震えが唇まで振動させてランナの声が激しく乱れる。今はまだ昼前のはず。ヨルの人格がこの時間に現れるなんて、ありえない。
 それが意味するのは、アサの人格が『死んだ』という残酷な真実。
 それなのにヨルは腕を組んで笑っている。勝ち誇ったようにしてランナを見下している。

「アサとヒルは死んだ。オレがこの体の全ての時間を支配した」

 ヨルが何を言っているのか分からない。いや、それを認めたくない。それでも現実を確かめるために壁掛け時計に視線を移す。
 時計の針は昼の12時を過ぎたところを進んでいる。それを認識した瞬間にランナの思考回路が激しく乱れる。

「う、そ……」

 昼の12時を過ぎてもヒルの人格は現れない。目の前のヴァクトの髪は今も漆黒の夜の色。
 アサの朝日のような穏やかな笑顔も、ヒルの太陽のように眩しい笑顔も、もうヴァクト陛下の中には存在しない。
 別れの言葉を交わす事もなく、最愛の王妃を残して……二人の人格は消え去ってしまった。

「当然の報いだ。オレを殺そうとする者は全て殺す」
「い、や……」
「安心するがいい。王妃は三人ともオレの妃として生かしてやる。聖女の能力はオレの役に立つ」
「いや、いやっ! いやぁぁ!!」

 ヨルの言葉なんて頭に入ってはこない。今は悲しみよりも、ヒルを失ったという喪失感だけがランナの心を乱し壊していく。
 髪を振り乱し泣き叫んでも、この感情は収まらない。皮肉にもこの時になってランナはヒルを愛していたのだと自覚した。

「オレにはまだ手に入れるものがある。オレの第三王妃・ランナよ、そこで待っているがいい」

 床に座り込んでいるランナを置いて背を向けるとヨルは部屋から立ち去る。
 残酷な結末を迎えてもランナは止まる訳にはいかない。体も思考も動かないが涙だけは常に流れ続けている。

(止まってはダメ……私は、ヒルくん……ヒル・ヴァクトの妃なんだから)

 崩れ落ちた左手に力を入れて唇の下まで持ち上げる。その薬指にはヒルから贈られた呪いの……いや、愛の結婚指輪。
 ヒルの髪と同じ金色の輝きを持つ指輪に口付けて、ランナはヒルに愛と決意を伝える。