朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 ポーラはこの男に見覚えがなく初対面。診察した事もないし薬を渡した事もない。彼は混乱して記憶が混濁しているのかもしれない。
 だからこそポーラは落ち着いてゆっくりと語りかける。

「お昼に来た患者さんですか? 昼の診察は妹のランナで、私は姉のポーラです」

 金髪のランナと黒髪のポーラは姉妹だが外見は似ていない。それなのに、この男はランナとポーラの区別ができていない様子なのが不思議だった。
 その時、奥の部屋にいたランナが診察室に入ってきた。

「姉さん、なんか大きな音がしたけど大丈夫?」

 広くはない診察室という名のリビングを見たランナが注目したのは、床に倒れている椅子ではない。床に膝をついて頭を垂れている黒髪の男性の方だった。
 薬師としての本能が真っ先に働いたランナは、ポーラではなく男性の方に駆け寄る。

「どうしたのですか!? どこか具合が……」

 男が少し顔を上げて視線を向けられたランナは、憎悪に満ちて歪んだ赤い瞳に息を呑む。それに初対面のはずなのに彼の瞳に見覚えがある。

(この赤い瞳は……ヴァクト様と同じ?)

 赤い瞳の人なんて、そういない。少なくともランナが見たのはヴァクトが初めてだった。という事は血族かもしれないと瞬時に推測した。
 その根拠は瞳の色と顔立ちしかない。この男性は黒髪で冷徹そうだが、ヴァクトは金髪で陽気だった。まるで正反対だが微かに似た生気を感じる。
 背後にポーラが近寄ってきて、ランナの背中に向かって声をかける。

「ランナ、この方はあなたの患者さんなの? 昼に薬をもらったらしいわ」
「違う、初めて会う人だけど……もしかして、ヴァクト様のご兄弟ですか?」

 ランナが問いかけると、男性は顔を歪めたまま僅かに口角を上げて笑った。その邪悪な微笑みに背筋が凍る。

「なるほど、昼の……ならば貴様がオレを殺そうとしたのだな」
「え? なんの事……」
「オレの名はヴァクト。ヨル・ヴァクトだ」

 この男の名も『ヴァクト』であったが、それがファミリーネームならば当然の事。昼に来たヴァクトは『ヒル・ヴァクト』と名乗っていたし、見た感じ歳も同じくらい。
 おそらくヒルとヨルのヴァクトは兄弟だとランナは思った。

「では、ヨル様。状況と容体を詳しく教えてください」

 ランナは屈むと両膝を床につけてヨルと同じ目線になる。本来ならポーラが診察を担当する時間だが、事情を聞くためにランナがこのまま診察する。
 ヨルは体調も気持ちの昂りも少し落ち着いたのか、顔の歪みが解けて表情が無になる。

「貴様が昼に渡した薬、あれは毒薬だろう? ずっと気分が悪い」
「ヒル様に渡した薬をヨル様が飲んだという事ですか?」

 あれはヒルの生気に合わせて調合した魔法薬。他の人が飲めば毒になるとヒルに伝えたのに、なぜ誤ってヨルが飲んでしまったのかは分からない。
 とは言っても風邪薬だし致死量の毒にはならないが、体内で拒絶反応を起こして具合が悪くなる。
 魔法薬だから特別に危険なのではない。個人に合わせた薬を他人が飲むべきでないのは普通の薬でも同じ。

「事情は分かりました。では解毒のお薬を調合します。手を出してください」

 ランナは両手を広げてヨルの前に差し出す。魔法薬を調合するには相手の手を握って生気の情報を読み取る必要がある。
 差し出されたランナの左手の薬指にはキラリと光る金色の輪。一瞬の月光のような煌めきがヨルの赤い瞳に反射した。

「そうか、貴様が……クク、そういう事か」

 ヨルはランナの手を取らずに立ち上がると、後方に立つポーラに向かってゆっくりと歩んでいく。ポーラは少し慄いて両手を胸の前で重ねて警戒する。
 やがてポーラの正面にヨルが立つと、殺気立っていた先ほどとは違って穏やかな表情で口を開く。

「あの女は信用ならん。貴様が診察しろ」
「は、はい……では、お座りください」

 なんとか平常心を保つポーラはテーブルに着席する。そしてヨルも正面の椅子に座ると、ポーラには素直に両手を差し出す。
 その二人の様子を見たランナは胸騒ぎを感じたが、患者の希望なら従うしかない。本来はポーラが診察する時間帯なので、ランナは奥の自室に戻る事にした。