朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 負傷したヨルを乗せた馬車は神殿から王城へと向かう。
 ヴァクト陛下が三重人格である事実は国家機密であり、怪我でも病気でも普通の病院には行けない。

 城へ着く頃には完全に日は沈んでいた。ヨルは夜の城へと入り、これから専属の医師の治療を受けるという。
 ランナは昼の城の自室へと戻ると、ウェディングドレスから普段着のシンプルな白のドレスに着替える。
 着替えを手伝っていたカレンは退室せずにランナの様子を見ている。先にランナが退室しようと動いたのでカレンは目で追う。

「どちらへ行かれるのですか」
「ヨル様の所に。やっぱり怪我の具合が気になるから」
「行かれない方が良いかと思います。特にランナ様は」

 カレンは以前と同じような事を言ってランナを引き止める。常に中立で無感情なカレンだが、ヨルに対してはなぜか過剰に警戒している。
 それでもランナの足は止まらない。それは今も指輪を黒く染めているヨルの呪いの効果かもしれない。

「大丈夫。少しだけ行ってくる」

 そう言ってランナが部屋の外へと出て行った後も、カレンは閉ざされた扉を見つめ続けていた。
 昼の城の連絡通路を抜けて夜の城へと入ると次第に闇色に取り囲まれていく。それでも今のランナは恐怖よりもヨルが気になる。
 ヨルの自室の手前まで来ると、行く手を阻むかのように前方に立つ人影を見付けた。距離が近づくと、それが誰だか認識できた。

「ポーラ姉さん……」

 闇に溶け込む黒のドレスを纏ったポーラがランナの前で佇んでいる。ポーラが動かないのでランナは足を止めずに歩いて近付く。
 ポーラは瞬きもせずにランナの顔に黒の瞳を合わせている。感情も動きもなく、まるで絵画の中の人物のように。

「ねぇ、ヨル様の具合は……」

 ランナが言いかけた時、乾いた音と共に静寂だった廊下の空気が振動した。ランナが感じたのは音よりも頬の熱さと痛み。
 横にずれてしまった視界を正面に戻すと、伸ばされたポーラの右手が下方に向いている。
 ランナはすぐに理解した。ポーラが強く自分の頬を叩いたという事実に。

「姉さ……」
「あんたのせいよ!!」

 それは耳を疑うようなポーラの怒声。今まで感情の片鱗も見せなかったポーラの突然の激情だった。

「夜になる前に帰っていればヨル様は刺されなかった! なんでヨル様を引き止めていたのよ!」
「……そ、それは……」
「何が結婚式よ! どうせヒル様と仕組んでヨル様を陥れようとしたんでしょ!?」

 ランナは否定したくても何も言い返せない。確かに結婚式の後にヨルに会う事を提案したのはヒルで、ランナはそれに同意した。
 結果的にヨルをルアージュに会わせてしまったし、隣国との争いを引き起こしてしまった。今になって事の重大さに気付く。

「帰りなさい。ヨル様に近寄らないで」

 ポーラの拒絶が追い打ちをかける。ランナは唇を噛みしめると、そのまま背中を向けて歩きだす。
 来た道を戻ると次第に視界は金色に輝くが、ランナの金色の瞳は滲んでしまって本来の色を映さない。

 ポーラに叩かれたのも、憎しみを込めて叫ばれたのも、生まれて初めての事だった。その衝撃もある。
 クールだけど優しかったポーラが変わってしまったのはヨルの呪いのせいだと思えば、ここまで辛くならないはずなのに。

(……私は、姉さんも……誰も救えないの……?)

 全ての人を救いたいという思いで取った行動なのに、全ての人を傷つけていた。
 そしてランナ自身の心も傷ついて、その痛みは涙の雫となってこぼれ落ちていく。