朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 聖女としてではなくランナとして出来る事を考えた時、結論を出すよりも先に息を大きく吸って大声を上げていた。

「カレンさん!! カレンさん!!」

 祭壇の上から叫んだとしても、この広い空虚な聖堂の空に消えていくだけで外には届かない。
 それでもランナは全力で助けを呼ぶ事がヨルを助ける唯一の方法だと思った。

「うるさい、昼の女」
「んっ……?」

 叫び続ける口を塞ぐかのように重ねられたヨルの唇がランナの息を支配する。
 ランナの後頭部はヨルの両手で捕らえられ固定されて、その口付けから逃れられない。
 こんな時なのに不思議と心地よさを感じる。ヒルと同じ唇のせいか抵抗感もなく、その温もりは心に優しく浸透していく。

(ヨル様、だめ、やめて……)

 心で抵抗するランナはヨルの体を押し返そうとするが、左手の薬指で鈍く光る漆黒の指輪が目に入ると力が抜ける。
 純白の花嫁を飾る唯一の黒。口付けによって強まるヨルの呪いに抗えずに、ランナは心と体を支配されていく。

「ランナ様っ!!」

 階段を駆け上がるカレンの声でランナの閉じかけた目が見開く。同時に唇からヨルの温もりが離れていく。
 祭壇へと上がったカレンは、床に座って抱き合う形のランナとヨルを見ても動じない。しかも少しも息を乱していない。
 あくまでランナのメイドであるカレンは、ヨルではなくランナの前で跪く。メイド服を着ているが動作は衛兵のようだ。

「遅れて申し訳ありません。外で隣国の兵に取り囲まれて身動きが取れませんでした」
「ルアージュ様ね。それよりもヨル様が背中を刺されたの!」

 カレンは、未だにランナを抱く体勢のヨルの背中の傷を見て確かめる。致命傷ではないにしても深刻な出血量だと見て分かる。
 向かい合う形で抱かれているランナがヨルの顔を見ると、なぜか不機嫌そうに口を下方向に曲げている。

「昼のメイド。オレに構うな」
「私は中立でございます。応急処置をします」

 冷酷な陛下と無感情なメイドの会話はランナをヒヤヒヤさせるほどに冷えきっている。
 カレンはメイド服の白いエプロンを外すと折り畳む。それをヨルの傷口に当てると強く圧迫して止血する。
 その手際の良さにランナは目を見張る。自分だって白いウェディングドレスを着ているのに同じ事ができなかった。

(やっぱりカレンさんは、すごい……)

 感心したのも束の間、その直後には自分自身への落胆となって跳ね返る。

(こんなんじゃ、私は誰も守れない)

 ヨルに話を聞き出せずに呪いをかけられて迫られて、ルアージュの攻撃も防げずに隣国との戦争も避けられない。
 三人格の謎を解いてヒルやポーラを救いたいというランナの志は、初めて揺らぎ始めていた。