朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 ヨルに肩を寄せられたままで硬直するランナだが、脳内だけは相変わらずツッコミばかりを繰り出していく。

(ちがう! ちがう! 私はヒルくんの花嫁だから! 煽らないで!!)

 恐る恐る目の前の赤い貴婦人に目を合わせると、拳を握りしめて歯を食いしばっている。分かりやすい怒り方だ。
 ルアージュはスカートのドレープに右手を入れると、そこに隠してあった短剣を握って引き抜いた。

「ならばランナ様がいなければ、わたくしが最強の聖女ですわねっ!」

 身構える間すらなく、ルアージュは銀の刃先を向けてランナに突進していく。その機敏な動きはドレスを纏った貴族とは思えない。
 ランナの胸を狙ったその刃が届く直前にヨルが素早く動いた。ランナを自分の胸に押し付けて両腕で包むと体を反転させる。
 突如、視界が暗転して体も反転したランナは何が起きたのかすぐには理解できない。顔を上げてヨルの顔を見ると、苦痛に歪んだ赤い瞳と目が合う。

「え……ヨル様……?」

 ランナはやっと状況を飲み込む。ヨルはランナを庇って背中向けた。つまり今、ヨルの背中には……。
 背後のルアージュは少しも取り乱さずにヨルの背中から短剣を引き抜く。血に濡れた短剣を赤いスカートで拭うと再びドレープの中に収めた。

「分かりましたわ。それほどにヨル様はランナ様にご執心なのですわね」

 ルアージュの狙いはどちらでも良かった。短剣がどちらに刺さろうが正当化するだけ。そして最初から心は決まっていた。

「これは宣戦布告ですわ。我がレッドリア国はジョルノ国を敵とみなし武力攻撃を行います」

 そんな重大な宣告すら今のランナとヨルの耳には届いていない。
 ヨルの背中では刺し傷から広がる血の色が白いタキシードを赤く染めていく。まるで赤の王女ルアージュの呪いが浸透していくように。

「屈辱を晴らしますわ。ジョルノ国を支配した暁にはヨル様をわたくしの奴隷にして差し上げますわ」
「ふざけるな……クソ女が」

 床に両膝をついて背中を向けたままのヨルは振り向く事もできずに声を絞り出す。正面でヨルを抱く形のランナは無力さで涙が溢れてくる。

(ヨル様は私を守ってくれた……なのに……)

 いつも誰かの助けを待つだけの自分が、なぜ最強の聖女と言われるのだろうか。もし今、ルアージュにとどめを刺す気があるなら二人とも命はなかった。
 ルアージュは華麗な所作でふわっとドレスを浮かせながら身を翻した。そこに一瞬だけ赤い花が咲いたかのように。

「それでは、またお会いできたら嬉しいですわ。ごきげんよう」

 何事もなかったかのような口調と堂々とした足取りで祭壇の階段を下っていく。軽快なハイヒールの足音が少しずつ遠ざかっていく。
 ランナはヨルの顔色を確かめながら今の自分が出来る処置を考える。しかしランナが問いかける前にヨルが先に声を出す。

「傷は深くない。オレを殺す力もない腰抜けが」

 強がりながらも額に汗の粒を浮かべるヨルの顔がその傷の痛みを表している。

(私に今できる事はないの? 聖女なのに、薬師なのに傷の手当てもできないの!?)

 素材がないと魔法薬は調合できない。聖女なのに治癒の能力も使えない。そんな自分を責める暇はないし、形振り構ってはいられない。