朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 ランナは衝撃の後に激しい動悸に襲われる。これはヨルとの言葉の駆け引きであり、心を乱される訳にはいかない。

(落ち着いて……そんなわけ、ない……)

 両親が行方不明になったのはランナが3歳くらいの頃。当時のヴァクトは6歳くらい。不可能ではないが大人二人を殺めたとは思えない。
 それに両親がいつ、なぜ死んだのかは知らない。何も知らないランナには信じられる確かな情報がない。
 感情を抑えながら、意図の分からないヨルの言葉を慎重に探っていく。

「ヨル様は私の両親に会った事があるの?」
「あぁ、あいつらも貴様と同じでオレを殺そうとした。だから殺した。愚かな聖者たちだ」
「両親を侮辱しないで!!」

 ランナの叫びは静寂の神殿の果てしない天井まで届く事もなく虚しく消えていく。
 組んだ腕を解いたヨルは素早い動きでランナの両手首を掴んだ。強い力で押されながら体の向きを変えられて後ろへと下がっていく。

「あっ……!?」

 ランナは祭壇の台に上半身を押し倒された。両足は床から浮いてしまい、背中だけを台の上に乗せられて強く押し付けられる。
 仰向けになった視線の先には、今もまだ両腕を拘束しているヨルの赤い瞳が間近に迫っている。
 その時に分かってしまった。ヨルの瞳はヒルの真っ直ぐな瞳と同じ。認めたくないがヨルは嘘を語ってはいない。

「オレが憎いだろう。憎むがいい、憎しみは愛となり力を生む」

 口説いたかと思えば憎しみを煽る。ヨルが何を言っているのか理解が追いつかない。
 ヨルは拘束しているランナの左手首を持ち上げる。その手を自分の口元まで運ぶと薬指の指輪に口付けを落とす。
 唇が触れると同時に、金の指輪は腐敗していくかのように輝きを失いながら漆黒へと変色していく。
 指先から全身を巡っていくヨルの魔力を感じ取ったランナは身を捩って強く抵抗する。

「……!! いや! やめてっ……!!」
「これで貴様はオレのものだ」

 ヨルはランナに呪いをかけた。ヒルよりも遥かに強い魔力を持つヨルは、金色の指輪の呪いを漆黒に塗り替えた。
 それでもランナの心までは闇に染まらない。自我を保ったままで左手を束縛から振り解くが、その手は思ったように動かない。
 目の前で不敵に微笑む男の頬を叩きたいのに、意思が指先に伝わらない。

(なんで? 私、ヨル様の呪いに支配されたの? いや、ヒルくん……!)

 心と体がバラバラになった感覚で、泣き叫びたいのに感情すら機能しない。
 花嫁と花婿の衣装を纏う二人は、そのまま夜の部を挙げるかのように新たな誓いを立てる儀式へと進む。
 祭壇に飾られたランナという装花を漆黒に染め尽くすために、ヨルは愛という呪いを体に重ねようとする。

(ヒルくん、カレンさん、助けて……!)

 ランナが心で叫んだのは、心を許した愛すべき夫と、心強い味方のメイドの二人の名前だった。