朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師

 そんなある日の昼下がり、診療所に見慣れない患者が訪れた。テーブルを挟んでランナの正面に座った男性は黒い貴族服とマントを身に着けている。
 いつも明るいランナから笑顔が消える。人見知りではないランナが表情を強張らせるのは珍しい。

「初めまして、ですね……何が目的ですか?」
「あれ? 冷たいなぁ。患者に決まってるじゃん。普通は最初に名前を聞くもんだろ?」

 子供のように無邪気に笑ってはいるが、この男性は20代前半くらいだろう。煌めく金色の髪と赤い瞳という容姿は珍しいどころか人間離れしている。
 まるで天使の光と悪魔の瞳が融合したような得体の知れない存在。聖女の血を引くランナの本能が彼を警戒している。

「そうですね。では、お名前は? 私はランナです」
「オレの名はヒル・ヴァクト。どんな薬でも作れる聖女がいるって聞いてさ、王都から来たんだよ」

 それを聞いたランナは眉をひそめる。それには2つの理由がある。まず第一に、聖女の血を引くからって魔法の万能薬を調合できる訳ではない。

「ヴァクト様、それは思い違いです。私は大病に効く薬は作れません。せいぜい風邪薬、あとは肩凝りや腰痛を和らげる薬くらいです」
「え~、嘘だね! だって外は大行列だったよ? あ、分かった! みんな薬じゃなくてランナちゃんが目当てなんだ。そうだろ?」
「…………」

 テーブルから身を乗り出して楽しそうに迫ってくるヴァクトとは逆に、ランナは怪訝な顔をして身を引く。

(この人……なんなの? 見た感じは高貴な身分っぽいけど)

 ランナとポーラの姉妹の母親は聖女だが、二人とも受け継いだ血は薄く聖力は弱い。それでも魔法薬を作れる聖女は今ではこの姉妹のみなので、噂を聞きつけて遠方からやってくる者がたまにいる。
 どうやって追い返そうかとランナが考えていると、先に何かを思いついたヴァクトはポケットから小さな布の巾着袋を取り出してテーブルの上に置いた。

「分かった、お金だろ? もう、そう言えよ。ほら、金貨なら山ほど持ってきて……」
「はぁ……。だから、お金じゃないの。バカにしてるの?」

 大きなため息をついて対応するランナは自然とタメ口になっていた。無礼で嫌われても構わない。外で待っている患者は大勢いるので、早くこの男を帰らせたい。
 しかしヴァクトは不快な顔をしない。むしろタメ口が嬉しかったのかテンションが上がり続けていく。

「お金いらないの? タダって訳じゃないでしょ。どうやって生活してるの?」
「野菜とか衣類をもらってるの」

 この診療所では診察代として食料や服などの物品を対価として受け取る。贅沢とは言えないが、それだけで十分に暮らせている。