因縁の魔王陛下と聖女令嬢~溺愛の呪いが解けない~

 エリーゼは振り返らずにカインと共に国境を越えてウィリアム国へと入国する。そして二人は国境の壁の先で待機していた馬車に乗って王城へ向かう。

「あの、カイン様。私のこと覚えていますか?」

 エリーゼは、恐る恐る隣に座るカインに問いかける。もしカインに前世の記憶があるなら今でもエリーゼを愛しているか、もしくは恨んでいるか……どちらに転ぶかは賭けだった。
 カインは銀色の澄んだ瞳を見開いてエリーゼの顔を凝視する。

「エリーゼ様とは今日が初対面だと思いますが……不思議ですね、どこかでお会いした気がします」

 その表情と言葉でエリーゼは確信した。この人は転生したカインで間違いない。だが前世の記憶は完全には取り戻していない。
 前世の事情を話して信じてもらえるかは分からないが、エリーゼは今世でカインの愛を受け入れる事こそが前世の罪滅ぼしであり、アゼルの溺愛ルートから逃れる方法だと思っている。

(アゼル、ごめんなさい……私はカイン様と結ばれます)

 前世でカインとは愛し合っていた関係ではない。カインは一方的にエリーゼを愛し求婚してきたが、その返事をする間もなくアゼルの溺愛の呪いで人生が狂った。
 エリーゼは二度目の人生ではカインとの溺愛ルートを望んでいた。

(でも前世の記憶がないカイン様に愛してもらうには、どうしたら……)

 それこそ色仕掛けで迫ればカインは前世の愛を思い出すだろうか……と考えていると、先ほどからカインの視線が気になる。エリーゼの顔ではなく胸元を見ているのだ。

「ねぇ……エリーゼ様は僕に色仕掛けしに来たの?」
「ええ、そう、色仕掛けに……え?」

 まるで心を読まれたかのようなカインの問いかけにノリで返してしまったエリーゼだが、カインの瞳と目を合わせた時に息を呑む。
 カインの瞳は、先ほどまでの優しく温かい眼差しではなく冷酷で冷たい。それはアゼルの悪魔の瞳とはまた違う恐怖を感じる。しかも急にタメ口になったのも気になる。
 どうもさっきから気になるカインの目線を追ってみると、エリーゼは今の自分の服装に気付いた。
 白いドレスは肩から胸元まで下ろされていて、胸が半分ほど見えるくらいに露出している。そういえば、さっき馬車の中でアゼルに脱がされたままだった。

「え、やだ、私……!」
「……それは僕を誘ってるの?」
「ちがう、これはアゼルがっ……!」

 エリーゼが慌てて胸元を隠そうとすると、両腕をカインに掴まれた。驚いて顔を正面に向けると、そのまま横に強い力で倒されてしまう。
 馬車の座席でカインに押し倒される形になって、エリーゼは碧眼を丸くして眼前に迫る彼の美しい瞳を見返す。

「最強の聖女エリーゼ様。僕は、あなたが欲しい」

 カインがエリーゼに向ける瞳はアゼルの赤い瞳と色は違うが、その視線の熱さは似ている。そう……これは『溺愛』の目だ。

(え……カイン様はすでに私を溺愛してる?)

 エリーゼが何も仕掛けなくても、すでにカインとの溺愛ルートを進んでいるようであった。
 しかしエリーゼの胸は驚きと共に痛みを伴う。それはアゼルの愛を裏切る罪悪感と、最強の聖女ではないというカインへの罪悪感であった。