聖女の力のない令嬢の織った布に、冷徹公爵は恋をした。




「リディア様、お手紙が届きました」


 差し出された銀盆の上に、封書が一通載っていた。上質な紙に、濃い緑の封蝋。ネティヤ家の紋章が押されている。

 リディアはしばらく、その封書を見つめた。

 取り上げて、封蝋を確かめる。間違いない。リディアはゆっくりと封を開けた。

 中の便箋は一枚きりだった。飾り文字も前置きもなく、ひどく簡潔な文章が書かれていた。


【三日後の午後、ネティヤ邸へ来られたし。工房を見せたい。 ―A】


 リディアは二度読んだ。三度読んだ。内容は変わらなかった。

「……工房?」


 思わず声に出た。招待状にしては素っ気なさすぎる。いや、これを招待状と呼んでいいのかも怪しい。来い、と書いてある。見せたいものがある、と書いてある。それだけだ。差出人の名前すら、頭文字一文字しか書いていない。

 リディアは便箋を膝の上に置いて、しばらく考えた。

 断ることもできる。公爵家からの招きとはいえ、強制力はない。ソフィに「ご都合がつかない旨をお伝えして」と言えば済む話だ。

 だが、工房という言葉が引っかかった。

 ネティヤ公爵家の工房といえば、豊穣の聖女の力を活かした農業技術の研究をしていると聞く。その工房を、なぜリディアに見せようとするのか。糸紡ぎの聖女の家の娘に、それも聖女の力を持たない娘に。

 知りたい、という気持ちが、じわりと湧いた。

 と同時に、警戒心がそれを押さえた。

 あの人は昨夜、リディアの布を見て招いたと言った。それは本当かもしれない。だが三大公爵家の当主が、ただ布を気に入ったからといって令嬢を邸に招くだろうか。何か別の目的があるのではないか。政略的な何か、家同士の思惑、あるいは――