厨房をあとにしたアリスたちは、再び応接間へ戻った。
「アリス姉さま、すごく楽しかったね!」
「えぇ。私も楽しかったです」
アリスは、隣を歩くエレナと手をつないでいる。
扉を開けると、室内にはマルタのほかに、二人の女性職員がいた。
一人は落ち着いた雰囲気の中年の女性、もう一人はそれよりずっと若い女性だった。
二人とも手芸品を手に取り、熱心に眺めている。
アリスたちの姿に気づくと、すぐに品物を置き姿勢を正した。
「ナタリア様、アリス様」
「ありがとう。来てくれて助かったわ」
ナタリアは二人へ微笑みかけると、アリスへ向き直った。
「アリス様、こちらは慈善事業で働いているローザとソフィよ」
まず、年上の女性へ視線を向ける。
「ローザは、私がこの事業に関わるようになる前からずっと働いているの。とても頼りになるのよ」
ローザが恐縮したように頭を下げた。
「そして、こちらがソフィ。いろいろと新しい案を出してくれて、助かっているの」
ソフィも丁寧に礼をする。
「初めまして」
アリスは軽く頭を下げる。
「お初にお目にかかります」
二人が改めて礼をした。
その時だった。
「あっ」
隣にいたエレナが声を上げる。
「エレナ、まだ選んでなかった!」
そう言うなり、アリスとつないでいた手をぱっと離し、テーブルへ駆け寄った。
「どれにしよう……」
先ほどまで候補にしていたぬいぐるみや髪飾りを手に取り、また真剣に見比べ始める。
アリスは思わず笑みを浮かべた。
ルーカスはソファーへ腰を下ろし、ぶらぶらと足を揺らしながら皆の様子を眺めている。
ナタリアも可笑しそうに笑ってから、箱の中へ目を向けた。
「あら……随分と減っているわ」
アリスもつられるように箱の中を見る。
先ほどまでぎっしりと入っていた手芸品が、いつの間にか半分以下まで減っていた。
マルタが申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ございません。予想していたよりも多くの者が見に参りまして……皆、かなり迷いながら一つずつ選んでおりました」
「皆様、持っていってくださったのですか?」
アリスは驚きながら尋ねる。
「はい」
マルタは答えてから、ためらいがちに続けた。
「それと……実は、私も一ついただいてしまいました」
「マルタさんも?」
「はい。こちらのハンカチを」
そう言って、ポケットから刺繍の入ったハンカチを取り出す。
すると、ローザとソフィも顔を見合わせた。
「その……私たちも、こちらをいただいてよろしいでしょうか?」
ローザは毛糸のストールを、ソフィはパッチワークの小物入れを手にしている。
「こちらが、とても素敵だと思いまして」
「私も、これが気に入りました」
アリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「はい。もちろんです。ぜひ」
「本当によろしいのですか? バザーや寄付へ出される予定のお品ですのに……」
ローザが申し訳なさそうな表情になる。
「まだたくさんありますから」
それでも二人が遠慮しているのを見て、ナタリアが笑う。
「ふふ。アリス様がそうおっしゃっているのだから、大丈夫よ」
それから、ローザとソフィへ可笑しそうに付け加えた。
「そのかわり、ほかの慈善事業の職員には内緒よ。皆まで欲しがったら、バザーに出す分がなくなってしまうから」
ローザとソフィは顔を見合わせ、笑みをこぼした。
その傍らでは、エレナがまだ品物を見比べている。
「……こっちも可愛いし、これも……」
ソファーに座っていたルーカスが、横から別の髪飾りを指さした。
「これも可愛いんじゃない?」
「ええ……また増えちゃった」
エレナはますます困った顔になる。
ルーカスはその様子を見て、楽しそうに笑った。
ナタリアは二人へちらりと目を向けてから、ローザたちへ話を戻す。
「では、皆からはどんな意見があったかしら?」
「可愛らしい品が多いという声や、実際に売られていたら欲しいと話す者も何人もおりました」
ローザが答える。
「そう」
ナタリアが頷く。
「では、あなたたち自身はどう思う?」
ローザは考えてから答えた。
「十分、バザーに出せるお品だと思います。特に可愛らしいものを好む方や、お子様のいる方に喜ばれるのではないかと」
ソフィも頷く。
「私もそう思います。それに、布や糸が上質ですから、どれも品があります。もちろん、ストールやひざ掛けのような落ち着いたものもありますから、幅広い方に手に取っていただけると思います」
アリスの肩から、ようやく力が抜けた。
すると、ローザがさらに口を開いた。
「それから、もう一つございます。王族の方がお作りになった品が、このように出回ることは、ほとんどありません」
「ですから、アリス王女殿下がお作りになったということ自体にも、十分価値があると思います」
アリスは驚いたようにローザを見る。
「……私が作ったものでも、ですか?」
「はい。もちろんです」
先ほどナタリアから聞いた言葉を、長く慈善事業に携わってきたローザからも改めて聞く。
すると、ソフィが手にした小物入れへ目を落とした。
「……実は、私も」
どこか恥ずかしそうに言う。
「もちろん、この小物入れが気に入ったのですが、王族の方がお作りになったものをいただけるというのも、やはり貴重で……」
「貴重……そうなのですね」
アリスがつぶやく。
ソフィはそこで口を閉じた。
けれど、まだ何か言いたそうにしていることに、ナタリアが気づく。
「あら、まだ何かあるの?」
「いえ、その……」
「言っていいのよ」
ソフィは、確認するようにローザとマルタの顔を見る。
二人が頷くと、ようやく口を開いた。
「先ほど品物を見に来た方々の中に……アリス様がお作りになった品を持っていると、良いご縁があるかもしれない、と話している方も結構いらっしゃいました」
「良いご縁?」
アリスが首を傾げる。
「アリス様は、ウィル王弟殿下にとても大切にされていらっしゃるので……それにあやかれるかもしれない、と」
「あら、まあ」
ナタリアは面白そうな表情を浮かべる。
一方、アリスは頬が熱くなっていく。
――ウィル様が私を大切に……。なぜ、知られているのかしら?
何より、私の手芸品が、どうしてご縁に?
――よく、分からないわ。
けれど、たくさんの人が自分で選んで持っていってくれた。
ローザたちも、バザーへ出して問題ないと言ってくれた。
アリスは、ほう、と息を吐いた。
ナタリアが柔らかく微笑む。
「安心できたかしら?」
「はい」
アリスは素直に頷いた。
「あの……バザーに出していただいてもいいでしょうか。もちろん、寄付にも使っていただければ」
「もちろんよ」
その時、ようやくエレナが勢いよく顔を上げた。
「決めた!」
両手には、ぬいぐるみと髪飾りが一つずつ握られている。
「これと、これにする!」
「二つまでですからね」
「うん!」
エレナは満足そうに頷いた。
その様子に、部屋にいた皆が笑みを浮かべた。



