厨房へ入ると、作業台にはすでに肉や野菜、香草が並べられていた。
その隣には、クッキーに使う小麦粉や砂糖、卵、バターも用意されている。
「まずは、シチューから作りましょうか」
アリスが言うと、ルーカスがすぐに頷いた。
「うん」
「私もやりたい!」
エレナも元気よく手を挙げる。
アリスは思わず笑みを浮かべた。
料理人があらかじめ皮をむいてくれた野菜の前に、ナタリアと小さな台に乗ったルーカスが並ぶ。
ナタリアはまず、ルーカスの手に自分の手を添えた。
「包丁はこんなふうに持って、こう切るの」
一緒に野菜へ刃を入れてみせる。
「……うん」
ルーカスは真剣に手元を見つめていた。
「大体、このくらいの大きさね。手を切らないように気をつけるのよ」
「分かった」
ナタリアが手を離すと、今度はルーカスが一人で包丁を動かす。
「これくらい?」
「ええ。そのくらいでいいわ」
ナタリアも隣で作業を始め、時折ルーカスの手元へ目を向ける。
料理用の包丁にはまだ慣れていないものの、刃物を扱うこと自体に怖がる様子はない。
すぐ傍では料理人も二人を見守っていた。
その間に、アリスはあらかじめ切られていた肉を鍋へ入れ、炒め始める。
じゅっと音が立ち、香ばしい匂いが厨房へ広がった。
「いい匂い!」
小さな台に乗ったエレナが思わず鍋を覗き込む。
「エレナ様、油が飛びますから、あまりお顔を近づけないでくださいね」
「えっ、とぶの?」
エレナは慌てて顔を遠ざけた。
やがて、ナタリアとルーカスが切った野菜が器へと集められていく。
アリスは鍋の中を木べらで混ぜてから、エレナへ顔を向けた。
「エレナ様、こちらのお野菜を入れてもらえますか?」
「私が?」
「はい。鍋には触らないようにしてくださいね」
エレナは緊張した面持ちで頷く。
器から野菜を一つ取り、恐る恐る鍋へ入れた。
「……入った」
「上手ですよ」
アリスが褒めると、エレナの表情もぱっと明るくなる。
もう一つ。
今度は先ほどより迷いなく入れる。
「もう一つ入れていい?」
「はい。もう少し入れてみましょうか」
何度か繰り返すうちに、すっかり楽しくなったようだった。
「では、残りは私が入れますね」
「うん」
アリスは残っていた野菜を鍋へ加え、肉と一緒に炒め合わせていく。
その様子を見ていたナタリアが、ふと口を開いた。
「あら。最初に全部入れてしまうのね」
「はい」
アリスは鍋を混ぜながら答える。
「野菜の形を残したい時は、もう少し後から入れるんですけれど……今日はこのあとクッキーも作るので、最初から一緒に煮込んでしまおうかと思って」
「確かに。今日はその方がよさそうね」
ナタリアが頷く。
「長く煮込むと、野菜が溶けて、煮汁に馴染んでいくので、私はそれも好きなんです」
そう言ってから、アリスは恥ずかしそうに笑った。
「もちろん、王宮の手の込んだ綺麗なお料理とは違いますけれど……」
すると、近くで作業を見守っていた料理人が口を開いた。
「こういう煮込み料理は、王宮でもよくお作りしますよ。手の込んだ料理ばかりでは、案外飽きてしまうものですから」
ナタリアも頷く。
「私も、こういうお料理は好きだわ。お野菜も甘くなるし」
アリスは安心したように微笑んだ。
「それなら、良かったです……」
そして、最後に鍋へワインと水を注ぎ、香草を加えた。
「これで、あとは弱火でゆっくり煮込みます」
「どのくらい?」
エレナが尋ねる。
「三時間くらいでしょうか」
「そんなに?」
目を丸くするエレナに、アリスは笑った。
「はい。お肉が柔らかくなるんです」
「じゃあ、その間にクッキー作るの?」
「ええ」
「やった!」
エレナの弾んだ声が厨房に響いた。
アリスは鍋に蓋をして、火加減を確かめる。
「これで大丈夫です。では、クッキーを作りましょうか」
「うん!」
今度は四人で、クッキーの材料が並ぶ作業台へ移った。
アリスは用意していた分量を書いた紙をナタリアへ渡す。
「ナタリア様、こちらになります」
「ええ」
ナタリアが受け取るのを確認してから、アリスはエレナへ向き直った。
「エレナ様には、小麦粉とお砂糖を量っていただいてもいいですか?」
「うん!」
「ルーカス様は、バターを切って、卵を割っていただけますか?」
「分かった!」
アリスが傍につき、エレナは小麦粉を少しずつ量っていく。
「もう少しです」
「これくらい?」
「はい。そこで大丈夫です」
続いて砂糖も同じように量る。
その隣では、ルーカスがナタリアに見守られながらバターを切っていた。
「これくらいの大きさでいい?」
「ええ。大丈夫よ」
切り終えると、今度は卵を手に取る。
「器の縁に、こんなふうに軽く当てるのよ」
ナタリアが見本を示す。
ルーカスも真似をして殻へひびを入れ、両手で開いた。
「できた」
「あら、初めてなのに上手にできたわね」
褒められたルーカスが得意そうに笑う。
材料が揃うと、今度はアリスが生地を作り始めた。
バターと砂糖を合わせ、卵を加える。
最後に小麦粉を入れ、丁寧に混ぜ合わせていくと、次第に一つの生地へまとまっていった。
エレナとルーカスは、その様子を興味深そうに眺めている。
「これがクッキーになるの?」
ルーカスが不思議そうに言う。
「はい。薄く伸ばして、あちらにある型でいろいろな形にしましょう」
二人はすぐに用意された型へ目を向けた。
花、星、月、犬や猫など、様々な形が並んでいる。
アリスが生地を薄く伸ばし終える。
「では、型抜きしましょうか」
「私はこれ!」
エレナは迷わず星の型を手に取った。
「僕は……まず、これにしようかな。次はこっち」
ルーカスは犬と猫の型をそれぞれ手にする。
ナタリアは花の型を選んだ。
「では、私はお花にしようかしら」
アリスも月の型を手に取る。
四人は作業台を囲み、それぞれ生地へ型を押し当てていった。
「できた!」
エレナが星形の生地を嬉しそうに見せる。
「綺麗にできましたね」
「もう一つ作る!」
隣ではルーカスも黙々と犬の形を抜いていた。
ナタリアも楽しそうに手を動かしている。
アリスも時折二人の様子を見ながら、自分の手元の生地を型抜きしていった。
やがて、天板いっぱいに様々な形のクッキーが並ぶ。
料理人がそれをオーブンへ入れると、エレナとルーカスは少し離れたところから、興味津々に中を覗いていた。
その間に、アリスは再びシチューの鍋へ向かった。
蓋を開けると、湯気とともに香りが立ちのぼる。
木べらで底からゆっくりとかき混ぜ、小さな器へ煮汁を取った。
まず自分で一口、味を見る。
「……大丈夫そうですね」
それから、ナタリアへ器を差し出す。
「ナタリア様も、味を見ていただけますか?」
「ええ、もちろん」
ナタリアは一口味わい、笑みを浮かべた。
「ええ。いい味だと思うわ」
「よかったです」
アリスも笑みを返す。
それから、料理人へ目を向けた。
「あの、お願いできますか?」
「かしこまりました」
料理人も味を確かめる。
「はい。十分よいお味です。このまま煮込めば、さらに味がまとまるでしょう」
「ありがとうございます」
アリスはほっと息を吐いた。
ナタリアが料理人へ視線を向ける。
「では、あとはお願いしていいかしら?」
「かしこまりました」
料理人が一礼する。
「そろそろ戻りましょうか」
ナタリアが声をかけると、エレナは残念そうに作業台を見た。
「もう終わり?」
「はい。あとは出来上がるのを待ちましょうか」
アリスはそう言って、傍にいたエレナへ自然に手を差し出した。
エレナもその手を握り返す。
「うん!」
すると、ルーカスが口を開いた。
「早く食べたいな」
「私も!」
エレナもすぐに声を上げた。
その様子に、アリスとナタリアは顔を見合わせて笑みを浮かべる。
クッキーの焼き上がりとシチューの火加減を料理人たちに見てもらうことにして、四人は厨房を後にした。



