鏡花水月

平八と再会してから数日後。
「よーし、じゃあ来週の校外学習のグループ決めを行うぞー」
窓の方に目を向けて、ゆっくりと流れる雲を見ていた私は、黒板の前に立つ先生の方に視線を戻した。
三週間後には中間テストが始まる。その前に、クラスのみんなと仲良くなりましょうみたいな校外学習があるのだ。というのは名目だけで、実際には遠足のようなものだ。去年は動物園に行った。
「今年はどこなんだろうね?」
前の席に座るミカちゃんが振り返って訪ねてくる。
「屋内だと嬉しいよね〜、最近暑いから」
「うんうん!」
「屋内といえば、水族館とか博物館かな?」
ミカちゃんは楽しそうに机の上のプリントに目を落とした。
​「博物館だったら、涼しいし静かで最高だよね」
「あはは、紫乃ちゃん、本当に暑いの苦手だもんね。でも残念! 今回は『歴史自然公園』だってさ。一応、オリエンテーリングがあるみたい」
​見せられたプリントには、緑豊かな公園のマップと、班ごとにクイズを解きながら散策する、というスケジュールが書かれていた。
​「うわぁ、完全に屋外だ……」
私は机に突っ伏して、小さくため息をついた。
「公園までは各班、それぞれ行くそうよ」
「そうなの!?」
「も〜、先生の話ちゃんと聞いておかないと駄目だよ〜」
「うぅ、ごめん……別のこと考えててー」
​私は頭を掻きながら、ミカちゃんが見せてくれたプリントを覗き込んだ。
そこには『現地集合・現地解散』の文字。どうやら学校からみんなでバスに乗って移動するのではなく、班ごとに公共交通券を使って目的地を目指すルールらしい。
​「各班でルートを決めて、決められた時間までに臨海エリアの歴史自然公園に入るんだって。ちょっとした冒険みたいで面白そうじゃない?」
​ミカちゃんは目を輝かせているけれど、私は配られたばかりの路線図と集合場所の位置関係を見て、早くも頭が痛くなっていた。
​「現地集合ってことは、電車の乗り換えとかも自分達で調べるんだよね。迷子になる班が絶対出そう……」
​「大丈夫だよ!そのためのグループ決めだし、みんなで協力すればなんとかなるって。ほら、早く五人組を作らないと、余り物になっちゃうよ!」
「ほらほら、紫乃ちゃん! ぼーっとしてたら本当に置いてかれちゃうよ」
​ミカちゃんに背中をパシパシと叩かれ、私は現実に引き戻された。
​「あ、うん、そうだね!誰か誘いに行こう」
​思考の隅にこびりついていた平八の「テロリスト」という単語を、強引に頭の奥へと押し込める。
今の私は普通の地球人の中学生だ。
まずはこの、平和で、かつ重大な「五人組作り」というミッションを完遂しなければならない。
​幸いにも、ミカちゃんがテキパキと声をかけてくれたおかげで、クラスの大人しい女子三人を巻き込み、あっという間に私達を含めた五人が決まった。
「ふぅ、これで一安心だね!」
​ミカちゃんが嬉しそうに胸をなでおろす。集まった他の三人も「よろしくね」「迷子にならないように計画立てなきゃね」と控えめに微笑み合っていて、ひとまずは平和なグループ結成に成功した。
​手元のプリントに、決まった五人の名前を書き込んでいく。
これで私の任務は完了。あとは来週の校外学習に向けて、電車の路線図と睨めっこするだけだ。
なんて考えていると、先生は机を動かして班を作り、班長決めをするように指示した。
「リーダーは大変だぞー。各グループの代表として最後に感想を発表してもらうからなー」
先生が言った瞬間、教室がどよめいた。元気の良い男子数名で集まったグループから押し付け合いの騒ぎ声が聞こえてくる。
「マジかよー!発表とか無理なんだけど」
「お前やれよー」
「いや、お前やれって〜!」
私のグループも同じような感じだった。リーダー格のミカちゃんが引き受けるのかと思いきや、「絶対無理!」と首を振っているし、他のみんなも似たり寄ったりの反応だ。
もちろん、私もそういう性格じゃないので、出来ればリーダーにはなりたくない。
最終的にじゃんけんで決めることになり、負けたのが私だった。
​じゃんけんで出した私のチョキは、見事に他の四人のグーに叩き潰されていた。
目の前でミカちゃん達が「あー!よかったぁ!」「紫乃ちゃん、よろしくね!」と、これ以上ないほどホッとした笑顔を浮かべている。
​「うぅ……私のじゃんけん弱すぎ……」
​机に突っ伏して嘆く私に、ミカちゃんが苦笑しながら励ますように肩を叩いてくれた。
​「大丈夫だよ、紫乃ちゃん!名目上のリーダーってだけだし、電車の乗り換えルートとかクイズの計画は、みんなでちゃんと手伝うから!」
「そうだよ、発表の原稿も一緒に考えるから元気出して?」
「運が悪かっただけだよ、ね?」
​他の三人も申し訳なさそうにフォローを入れてくれる。
みんなの優しさが心に沁みるけれど、最後にクラス全員の前で『感想文を発表する』という大仕事が確定してしまった事実に、私のライフは早くもゼロに近かった。