密かに… そっと…

「あーっ、ごめん、風香ちゃん! ミスった!」

「大丈夫、任せて!」

バレンタインの突然の告白。

想定外の両想い。

恋人になれたその日の夜。

甘い雰囲気なんてまるでなく、私たちはいつも通りゲームをしていた。

(あっ……いつも通りじゃないかも……)

違いは二つ。

詩音くんが私を「風香ちゃん」と呼ぶこと。

そして、チャットではなく、電話を繋いだままゲームをしていること。

「これからバイト行くの、ちょっと照れちゃうな。白田さんに何か聞かれるよね」

「もう聞かれたよ。付き合うことになったってLINEした」

「そっか。白田さんとLINE交換してたもんね。前に、一緒に出かけた写真も見せてもらったし」

「あれは違うんだよ。初詣に友達と行ったら白田さんもいてさ。それで少し話して、最後に写真を撮っただけ。LINEも聞かれて断りきれなくて交換したけど、ほとんどやり取りしてないよ」

「そうなんだ」

「あのさ」

詩音くんが少し笑う。

「あの後、店に戻ったら父さんがやけにニヤニヤしててさ。たぶん前から気づいてたんだよ。ほら、無理だって言われてた高校目指してたし」

なるほど。

たまに店長がこっちを見て意味ありげに笑っていたのは、そういうことだったのか。

「俺の顔を見るなり、『青春だねー』って言われてさ」

詩音くんは照れくさそうに笑った。

「たぶん、付き合うことになったのもバレてると思う」

私も思わず笑った。

私に彼氏ができて、初めての登校日。

見える景色が、いつもと違う。

冬の冷たい風は空気を澄ませ、枯れ葉は次の季節へ向かうようにきらきらと舞っている。

足取りはやけに軽く、自然と前へ前へと進んでいく。

「風香ー!」

ガシッと肩を掴まれ、そのまま教室の隅へ連れていかれた。

もちろん、犯人は親友だ。

「さぁて、昨日はバレンタインだったねー」

「バイト行ったよね!」

「チョコ用意してたよねー!」

質問が矢継ぎ早に飛んでくる。

(目、目が怖いよ……)

観念した私は、

「はい……。あの、付き合うことになりました」

と、小さく答えた。

あんなにうるさかった友達が、ピタッと止まった。

恐る恐る顔を上げると、目も口も開けたまま固まっている。

やがてその視線が私にピントを合わせる。

「キ、キャーーーー!」

再び肩を掴まれ、ぴょんぴょんと飛び跳ねられた。

私は頭をガクンガクンと振られながら、

「良かったねー! 良かったねー!」

と言われ続けた。

「あ、あ、ありが、とう」

私は揺らされながらも、こんなに喜んでくれる友達に感謝した。

***

私は三年生になった。

いや、受験生になったと言った方がいいのかもしれない。

勉強が、いつも頭の片隅にある。

それでも、毎日のゲームの時間は大切にしていた。

私は詩音くんに、一つお願いをした。

「付き合ってることは、内緒にしてほしい」と。

気持ちの問題だった。

公言してしまったら、自分の中で何かが変わってしまいそうで。

恋愛のことばかり考えてしまいそうで。

浮かれてしまいそうで。

今はまだ、受験も恋も、どちらも大切にしたかった。

相変わらず、バイトの前に私は体育館へ足を運んでいる。

「キャー! 綾人先輩、ナイッシュー!」

「綾人ー! ファイトー!」

春先輩は卒業し、今は綾人という同級生が人気者になっていた。

でも、その歓声に混じって、

「詩音くーん! ナイッシュー!」

「キャー! 詩音先輩!」

という声も聞こえてくる。

去年の私は、春先輩を応援する人たちに紛れて、密かに一人、詩音くんを目で追っていた。

誰にも気づかれないように。

そっと、詩音くんを応援していた。

今は――。

ここにいるみんなと同じように、私も詩音くんを見ている。

それでも私は密かに、私だけが知っている詩音くんを見ている。

お父さんのお店を手伝う優しい詩音くん。

毎日、電話を繋いで一緒にゲームをしてくれる詩音くん。

少しずつ背が伸びて、大人になっていく詩音くん。

私は心の中で、そっと呟く。

(大好きだよ、詩音くん)

          
                 fin.