いい飼い主を探す犬

天気……今日は一日中、冷たい北風が吹いて、空気が乾燥していた。昼間は曇っていた
が、日が沈むと雲は消えて、丸みがやや欠けた月と、光度がそれほど強くない星がいくつか寒々とした天空に静かにかかっていた。

昨夜、ぼくはシャオパイを、うちに連れてきて、一晩ゆっくり休ませた。ぐっすり寝させて、今朝、ご飯を食べさせたら、シャオパイに徐々に元気が戻ってきた。よかったと思って、ほっとしているところに、フェイナがやってきた。こんなに早い時間にやってくるとは思ってもいなかったので、ぼくはびっくりしていた。
「何だよ、こんなに早く……」
ぼくはけげんそうな顔をしながらフェイナに聞いた。
「シャオパイのことが気がかりだったから様子を見にきたの」
フェイナがそう答えた。
「シャオパイは昨夜は、熟睡して夜中に一度も目を覚まさなかったし、今朝目が覚めてからご飯を食べさせたら、しっかり食べていた」
ぼくはそう答えた。
「そう、それはよかったわ」
フェイナも、安堵したような顔をしていた。フェイナはそのあとシャオパイに
「少しは気分がよくなりましたか」
と聞いていた。
「よくなった」
シャオパイがそう答えていた。それを聞いて、フェイナは胸をなでおろしていた。
「シャオパイ、わたしは、おまえが、どうして、あんな目に遭ったのか知りたいです。教えてくれませんか」
フェイナがシャオパイに聞いていた。シャオパイはうなずいた。シャオパイは、それからまもなく、ぼくとフェイナに、これまでの事件のいきさつを話し始めた。
「西貝さんと小波さんがテレビ局の取材を受けて、うちの中でインタビューを受けていた時のことを笑い猫は覚えているよね」
シャオパイが、ぼくに聞いた。
「覚えているよ。西貝さんがインタビュアーに話していたことは、取材の前に西貝さんが小波さんに話していたことと違っていたので、びっくりした。どちらが本当の気持ちなのだろうと思った。俳優だから演技をすることもできるからだ。しかしいずれにせよ取材を受けているときには、西貝さんが涙を浮かべながら、小波さんへの深い愛を切々と語っていたので、インタビュアーは感動して、もらい泣きをしていた。それを見て、ぼくも目頭が熱くなっていた」
ぼくはあの時のことを思い浮かべながら、そう言った。
「取材が終わってテレビ局の人たちが帰っていったあと、西貝さんと小波さんは、それぞれ自室にこもって出てこなかった。お昼前に西貝さんは台所に立って昼食の準備を始めて、二人分作り、食べ終わると、二階にいる小波さんに声もかけないで仕事に出ていった。そのあと小波さんが二階から下りてきた。西貝さんが作ったご飯を食べるのかと思っていたら、一口も、はしをつけないで、ぼくにくれたり、ゴミ箱に捨てたりしていた」
シャオパイがそう言ったので、フェイナがびっくりして
「おお、何ていうことでしょう」
と言った。ぼくも、びっくりしていたが、小波さんがそのようなことをしたのは、西貝さんが本心を隠して、いい人ぶっていることが気に入らなかったからではないかと思った。
「西貝さんと小波さんの関係がそこまで冷え切っているのだったら、あの家にいても楽しくないだろうから、出ようとは思わなかったのか」
ぼくはシャオパイに聞いた。
「思わないこともなかった。でも小波さんが、ぼくに優しくしてくれたから、もうしばらくあの家にいて、小波さんの寂しさを癒やしてあげることにした。ところがそれから数日後、西貝さんがまた、ひどく酔っぱらって、夜遅くうちへ帰ってきて、二階の自室にいた小波さんを下に呼びおろして、居間で口論を始めた。ぼくには人の言葉は分からないから、何が原因で口論をしているのか知るよしもなかったが、西貝さんが激しく怒鳴っていて、しまいには小波さんを足蹴にしていた。それを見て、ぼくは怒って西貝さんの足にかみついた。すると西貝さんが酔っている顔をさらに赤くしながら、ぼくの首根っこをぎゅっとつかんで、きつく締めた。それからあとのことは、ぼくは覚えていない」
シャオパイがそう答えた。
「分かった。そのあとのことは言わなくてもいいわ。想像がつくから」
フェイナがそう言った。ぼくにも想像がついた。息がとまったシャオパイを見て、西貝さんが黒いビニール袋にシャオパイを入れて、家の前にあるゴミ置き場に持っていって捨てたのだろうと、ぼくは思った。
(何と恐ろしい事件だろう。人気絶頂の俳優である西貝さんが、そんな残虐非道なことをするとは……)
ぼくは思わず深いため息をついた。ファンの目にはとても優しくて、虫も殺さないような顔をしている西貝さんが、ファンの目の届かないところでは鬼のようなことをすることが、ぼくは怖くてたまらなくなった。酒に酔って正気を失っていたからといって、けっして許されるような行為ではない。ぼくはそう思った。
ぼくはそのあとシャオパイに
「おまえは幾つもの偶然が重なって奇跡的に助かったのだから、これからは、ほかの犬以上にしあわせに生きていかなければならない。そうしなければ助けてくれたものへの恩返しにはならない」
と言った。ぼくの話を聞いてシャオパイが、うなずいた。フェイナがシャオパイに
「あの家で起きたことは悪夢だったと思って、早く忘れなさい」
と言った。
「ぼくもそう思う。そのためには一日も早く、いい飼い主を見つけて楽しく暮らさなければならない。そうすることで悪夢を忘れられるから」
ぼくはシャオパイに、そう言った。するとシャオパイが、不安そうな顔をしながら
「ぼくには自信がないよ」
と言った。
「大丈夫だよ。自信を持ちなさいよ。ぼくもフェイナも手伝うから」
と言って、ぼくはシャオパイを励ました。
「そうですよ。わたしも手伝います」
フェイナがそう言った。
「ありがとう」
シャオパイが、ぼくとフェイナに感謝していた。フェイナがそのあと、ぼくに
「笑い猫、どこかよいうちを知らない?」
と聞いてきた。
「そうだなあ、ぼくが以前住んでいたうちは、どうかなあ……」
ぼくは、考えながらそう言った。
「いちばん最初に飼われていた家ですか」
フェイナが聞いた。
「違います。あの家ではありません」
ぼくはそう答えた。
「ではどの家ですか」
フェイナがまた聞いた。
「馬小跳の家です」
ぼくはそう答えた。
「男の子ですか、女の子ですか」
フェイナが聞いた。
「男の子です」
ぼくはそう答えた。
「男の子は乱暴ではありませんか」
フェイナが心配そうな声で聞き返した。
「そんなことはありません。動物が大好きで、とても優しい男の子です」
ぼくはそう言った。
「だったら、どうして、そのうちを出たの」
フェイナは合点がいかないような顔をしていた。
「妻猫と出会って結婚したからです。子どもが生まれて家族が増えたら、ぼくたちの一家がみんな馬小跳のうちで暮らすわけにはいかなくなるからです」
ぼくはフェイナにそう答えた。
「なるほどね。分かるわ」
フェイナがそう答えた。
「そのうちのことを、もう少し詳しく話してくれませんか?」
フェイナが聞いた。
「分かりました。では話します」
ぼくはそう答えてから、馬小跳や、馬小跳の家族のことについて話し始めた。
「馬小跳は子どもらしさにあふれた、やんちゃな男の子です。いたずら好きなところがありますが、けっして乱暴なことはしません。両親と三人で集合住宅に住んでいます。お父さんはユーモアにあふれた人。お母さんは優美で上品な人です。家族は親しみ合っていて、家の中にはいつも暖かい雰囲気があふれています」
ぼくはそう言った。ぼくの話を聞いて、シャオパイが顔を輝かせながら
「わあ、いいねえ。とてもよさそうなうちに見える」
と言った。フェイナも、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
「ぼくは、これから、すぐ、そのうちに行ってみたい」
シャオパイがそう言った。
「おまえの気持ちも分からないではないが、今は無理だよ」
ぼくはそう答えた。
「どうしてなの?」
シャオパイがけげんそうな顔をしていた。
「今日は平日だから、馬小跳は学校に行って、今はうちにはいない。お父さんとお母さんも今は仕事に行っていて、うちにはいない」
ぼくはそう答えた。
「そうか、それなら夜になるまで待つか、週末まで待つしかないね」
シャオパイががっかりしたような顔をしていた。
「今度の週末はいつですか」
シャオパイが聞いた。
「明後日です」
ぼくはシャオパイにそう答えた。
「分かった。では明後日に行きましょう。ぼくはその日を楽しみにしている」
シャオパイがそう答えた。するとその時、フェイナが
「ちょっと待って」
と言って、口をはさんだ。
「何だよ?」
ぼくは、けげんそうな顔をしながら、フェイナに聞き返した。
「その集合住宅に庭はあった?」
フェイナが聞いた。
「庭はなかった。駐車場はあった」
ぼくはそう答えた。
「だったら、その家では犬は飼えないと思うわ。犬を飼うためには庭があって、庭の中に犬小屋を作らなければならないから」
フェイナがそう答えた。
「そうか。だったら馬小跳のうちでシャオパイを飼ってもらうことはできないかもしれないな」
ぼくはそう答えるしかなかった。
フェイナがシャオパイに
「わたしはシャオパイには、わたしのすぐ近くに住んでもらいたいという気持ちに今も変わりはないわ。今度の事件だって、シャオパイが、わたしと同じ桜木横丁に住んでいたから発見が早くて助かったのよ」
と言った。
「分かっています。恩に着ます」
シャオパイがそう答えていた。
「だったら、これからも、桜木横丁で飼い主を探すための活動をしなさいよ。わたしもできるだけ協力するから」
フェイナがそう言った。
「……」
シャオパイは答に詰まっていた。
「今度の事件で、桜木横丁が嫌いになったおまえの気持ちが分からないことはないわ。でも桜木横丁は桜がとてもきれいなところだし、一戸建ての高級な住宅地ばかりで、どの家にも広い庭があるからいいところよ。住んでいる人はお金持ちばかりだし、有名人も多いから、楽しく暮らせると思うわ。もちろん、人のなかにはいろいろな人がいるから、なかには心がきれいでない人もいるけど、そういう人はごく一部だと思うから、気を取り直して、もう一度、桜木横丁で飼い主を探しなさいよ」
フェイナがそう言った。
「分かった。そうすることにするよ」
シャオパイがそう答えていた。それからまもなくフェイナは桜木横丁に帰っていった。