いい飼い主を探す犬

天気……冬至まではまだ何日もあるが、吹きすさぶ北風が冷たくて、一年中で一番寒い時季に入ったかのように、ぼくには感じられる。梅園の中にあるロウバイの花のつぼみはまだ固く閉じたままで、凍てつくような寒風の冷たさにじっと耐えているように思えた。

ぼくたちはカートを押しながら、飴屋横丁にやってきた。飴屋横丁に、ぼくはこれまで何度か来たことがある。飴を売る店がたくさんあるから飴屋横丁と呼ばれていることも知っていた。昼間は飴を作っているこうばしいにおいが横丁のあちこちから漂ってくるが、今は夜間なので、においは漂ってこなかった。人通りもなくて、ひっそりとしていた。
「飴屋横丁の、どのあたりに老犬好きのおばあさんの家があると、老いらくさんの子孫は話していましたか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「わしもよく分からない。おばあさんが老犬ばかり三匹連れて、横丁の中を歩いている姿だけしか見たことがないと、子孫が話していたから」
老いらくさんがそう答えていた。
「それだったら、おばあさんが住んでいる家を探しようがないではありませんか」
フェイナが困惑したような顔をしていた。
「一軒一軒、しらみつぶしに探していくのは大変ですよ」
ぼくは老いらくさんにそう言った。するとその時、シャオパイが
「ぼくは臭覚がとても優れているから、犬のにおいをかぎわけることができます」
と言った。
「それだったら、一軒一軒、回らなくても、犬を飼ってある家と、飼っていない家の見分けはすぐにつくのだな」
ぼくはシャオパイに聞いた。
「もちろんですよ。三十メートルぐらい離れていても分かります。犬の種類によって、においが違っているので、姿を見ないでも、どんな犬なのか分かります。年齢によっても、性別によってもにおいが違っていますが、ぼくの推測は、ほぼ外れたことがありません」
シャオパイが胸を張って、自信満々に、そう答えていた。
「それだったら、家探しはシャオパイに任せることにして、わたしはラブリーといっしょに、ここで待機しています。分かったら、知らせに来てください」
フェイナがそう言った。
「分かりました。そうします」
シャオパイがフェイナにそう答えていた。ぼくと老いらくさんはシャオパイといっしょに探しにいくことにした。
それからまもなく、ぼくたちはシャオパイのあとについていった。飴屋横丁の中には犬を飼っている家が多いことが分かった。家の前には木の柵があって、柵の内側には表庭と裏庭があって、飴屋横丁では表庭で犬が飼われていることが多かった。柵の外に立っただけで、シャオパイは、この家で飼われている犬は何という種類の犬で、年齢は何歳ぐらいで、性別はオスかメスかを指摘していた。
ある家の前に来た時、シャオパイが迷ったような顔をしていて、ここにいる犬がどんな犬なのかを、なかなか指摘できないでいた。
「どうしたのだ、シャオパイ?」
ぼくはけげんに思って、シャオパイに聞き返した。
「このうちの庭からは、複数の犬のにおいがしてくる。一匹ではなくて少なくても五匹ぐらいはいるような気がする」
シャオパイがそう答えた。
「そうか。普通は一匹しか飼わない家がほとんどだと思うけど、どうして、このうちには、そんなにたくさんの犬がいるのだろう」
ぼくもけげんに思っていた。するとその時、老いらくさんが
「わしの子孫が昼間、横丁の中で見かけた犬かもしれない」
と言った。それを聞いて、ぼくは、はっとした。
(もしかしたら、この家が、ぼくたちが探しているおばあさんが住んでいる家かもしれない)
ぼくはそう思って、心の中に、ぽっと明かりがともったように感じた。ぼくはシャオパイに
「犬の年齢はどれくらいか分かるか」
と聞いた。すると、シャオパイは、においをじっとかいでから
「年を取った犬のにおいばかりです」
と答えた。それを聞いて、ぼくと老いらくさんは顔を見合わせて、にんまりした。
(この家は老犬の世話するおばあさんが住んでいる家に違いない)
という確信が持てたから、ぼくは、くつくつと笑った。
「早く、このことをフェイナに知らせにいこう」
ぼくはシャオパイにそう言った。シャオパイがにっこりとうなずいた。ぼくとシャオパイはそのあと急いでフェイナが待機しているところへ行った。老いらくさんも短い足を懸命に動かして、ぼくとシャオパイのあとからついてきた。
ぼくから吉報を受け取ったフェイナはラブリーが乗ったカートを押し始めた。ぼくとシャオパイも手伝って、スピードをあげて押しながら、シャオパイが探し当てた家に向かって
いった。家の前に着くと、ぼくはフェイナに
「ここです。この家には老犬が何匹もいます」
と言った。するとフェイナが、安堵したような顔をしながら
「そうですか。ここは老犬のための養老院かもしれないですね」
と言った。
「そうですね。犬が余生を過ごすための養老院も、この世にはあるのですね。ぼくはこんなところがあることを今、初めて知りました」
ぼくはそう答えた。するとフェイナが
「わたしも初めて知りました。ラブリーがこれからここで生を全うすることを、わたしは心から願っています」
と答えた。ラブリーをカートから降ろしたあと、フェイナはカートを押して桜木横丁へ帰っていった。フェイナの姿が見えなくなったあと、ぼくは老いらくさんに、ここは犬のための養老院であることを話してあげた。するとそれを聞いて老いらくさんが
「捨てる神もあれば拾う神もあるということか。よかった、よかった」
と答えていた。
「猫のための養老院もどこかにあるのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「さあ、どうだろう。わしの子孫は、まだ、そんなところを見つけたことはないようだが、おまえが探してほしいと思うのだったら、子孫に頼んで探してやってもいいぞ」
老いらくさんがそう答えた。
「ぼくはまだ老猫ではないので、その必要はありません。年を取って歩くことも困難になったら、そのときはお願いするかもしれません」
ぼくは苦笑いを浮かべながらそう答えた。
「ネズミのための養老院もどこかにあるのだろうか」
老いらくさんが真顔でそう言ったので、ぼくは思わずおかしくなって、くすくすと笑った。
夜が明けるまで、家の前でじっと過ごしていて、夜が明けてからまもなく、ぼくはシャオパイに大きな声で「ワンワン」と鳴かせた。すると家の玄関のドアが開いて、中から、おばあさんが出てきた。慈悲深い優しそうな顔をしていた。家の前に、ぼくたちがいることを知って、おばあさんはびっくりしていた。おばあさんは、そのあと、しゃがみこんで、ラブリーの頭をそっとなでながら
「いらっしゃい、よくきたね」
と言って、いとおしそうに声をかけていた。
「これから、このうちで、おまえのことを大切にいたわっていくからね」
おばあさんがそう言ったので、ぼくはラブリーに、おばあさんが言ったことを伝えた。するとラブリーは、感涙をぽろぽろと流していた。おばあさんは、そのあとラブリーを腕に抱きかかえながら、うちのなかに入っていった。ぼくはそれを見て
(今度こそ、ラブリーはしあわせな余生を送ることができるはずだ)
と思って、ほっとしていた。
ぼくたちはそれからまもなく、おばあさんのうちを後にした。帰っていく途中でぼくはシャオパイに
「おまえはこれから、どうするつもりか」
と聞いた。
「……」
シャオパイは答に詰まっていた。
「あの夫婦のうちではラブリーには冷たかったが、若いおまえのことは、とても気にいっていたではないか。あの家に帰ったら、かわいがってもらえるかもしれないぞ」
ぼくはシャオパイにそう言った。するとシャオパイが、きりっとした顔をしながら
「ぼくはあの家は嫌いです。帰るつもりはありません」
と言った。
「そうか。そう決めたか」
ぼくはそう答えた。
「当たり前です。ぼくも年老いたら、ラブリーのように捨てられるに決まっています。あんな家で飼われたいとは思いません」
シャオパイがそう言った。
「そうか、それなら、おまえのこれからのことは、じっくり考えることにして、ひとまず翠湖公園に帰ろう」
ぼくはシャオパイにそう言った。それを聞いてシャオパイがうなずいた。ぼくはそのあと老いらくさんに
「翠湖公園の中に、シャオパイが体を休めるところが、どこかないですか。雨が当たらないところがいいです」
と聞いた。すると老いらくさんが、しばらく考えてから
「梅園の中にあずま屋があるではないか。屋根がついているから雨を防ぐことができる」
と言った。
「そうですね。今の時季は、まだロウバイの花は咲いていないから、花を見に来る人はいないから、ゆっくり休むことができる」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうだな。わしもそう思う」
老いらくさんがそう答えた。ぼくはそのあとシャオパイに梅園の中にあるあずま屋のことを話した。するとシャオパイが、朗らかな顔をしながら
「いいね。そこを仮の宿としながら、いい飼い主を探すために、毎日、町の中へ出かけていきたいと思っている」
と答えた。それを聞いて、ぼくはうなずいた。
「食べるものは、ぼくがときどき持ってきてあげるよ。町の中や公園のごみ箱の中には、食べ残したものが捨ててあることもあるから、自分でそれを、あさることもできる」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「分かった。そうするよ。気を遣ってくれてありがとう」
シャオパイがそう答えた。
ぼくとシャオパイと老いらくさんは、それからまもなく翠湖公園に戻ってきて、梅園の中にあるあずま屋へシャオパイを連れていった。辺りがとても静かだったので、シャオパイは、このあずま屋がとても気に入っているようだった。老いらくさんが、それを見てよかったという顔をしていた。ぼくと老いらくさんは、そのあと、シャオパイと別れて、それぞれのうちへ帰っていった。昨夜は一睡もしないでラブリーを助けるために働いたので、ぼくも老いらくさんも目がとろんとしていた。