いい飼い主を探す犬

天気……今日は一日中、空がどんよりと曇っていて、すっきりしなかった。雨は降らなかったが、空模様を見ていると、みぞれ混じりの冷たい雨が、いつ降ってきてもおかしくないほど空気が冷え切っていた。

フェイナは、うちへ帰っていったあと、夕方にまた戻ってきた。カートは押してきていなかったが、ドッグフードを入れた袋を首にかけていた。
「笑い猫が食べさせたのはキャットフードだから、ラブリーにはやはりドッグフードを食べさせてあげなければと思って、うちにあるものを持ってきたわ」
フェイナがそう言った。
「おまえは、よく気がきくね」
ぼくはそう言って、フェイナの気遣いに感心した。ラブリーはフェイナが持ってきたドッグフードを食べて、ますます元気になってきたように思えた。フェイナがぼくに
「今夜、近くのスーパーの前にあるカートを借りてくるから、それまで、ラブリーに付き添ってあげていて」
と言った。
「もちろん、そのつもりでいるよ」
ぼくはそう答えた。
それからまもなくフェイナは桜木横丁へ帰っていった。
九時ごろ、シャオパイがやってきた。ラブリーを連れて、今夜、桜木横丁の飼い主の家に行くことを話すと、シャオパイが
「ぼくもいっしょに行くよ」
と言ってくれた。
真夜中の十二時を過ぎたころ、フェイナがカートを押しながら、再び翠湖公園にやってきた。ぼくとシャオパイはラブリーをカートに乗せると、力を合わせながら、桜木横丁まで押していった。カートの前をフェイナが歩いて、安全に押して行けるように誘導してくれた。深夜ということもあって、人や車の量は少なくて、ぼくとシャオパイは危ない目に遭うこともなくスムーズに桜木横丁までカートを押していくことができた。ラブリーがこれまで住んでいた家は、桜木横丁の入口の近くにあった。
「さあ、着いたわよ。降りて」
フェイナが優しい声で、ラブリーに、そう言っていた。ラブリーは、うなずいてから、
カートから降りていた。
「今はまだ夜中だから、ここでしばらくじっとしていて、夜が明けたら、ワンワンと鳴きなさい」
フェイナがラブリーにそう言っていた。
「分かった、そうする」
ラブリーがそう答えていた。
「わたしはこれからカートを返しにいくわ」
フェイナはそう言って、一仕事成し遂げた喜びに満たされたような顔をしながら、カートを押して出ていった。そのあとしばらくしてからフェイナが再び戻ってきた。
それからまもなく夜が明けたので
「さあ、鳴きなさい」
とフェイナがラブリーに言っていた。ラブリーはうなずいてから、家の中に向かって
「ワンワン」
と鳴いた。ところが家の中からは何の反応もなかった。
(まだ寝ているのかな)
ぼくはそう思った。フェイナがラブリーに
「声が小さすぎるから、声が届かないのかもしれない。もっと大きな声で鳴きなさい」
と言った。するとラブリーは首を横に振りながら
「年を取っているから、これ以上、大きな声は出ない」
と、しんみりした口調で、そう言った。それを聞いて地包天が
「ラブリーの代わりに、わたしが鳴いてみる。わたしは声が大きいから」
と言って、
「ワンワンワン」
と大きな声で三回鳴いた。するとそれからまもなくしてから、家の玄関のドアが開いて、家の中から、女の人が出てきた。年のころは五十歳ぐらいの人に見えた。ネグリジェを着ていたので、ベッドのなかから起きてきたばかりのように見えた。玄関の前に犬が三匹と猫が一匹いるのを見て、女の人は目を丸くしていた。ラブリーが女の人に近づいていくと、
「あら、この犬はラブリーではないの」
と言って、けげんそうな顔をしていた。翠湖公園の中に捨ててきたラブリーが、目の前にいることが信じられないような顔をしていた。女の人はびっくりして、すぐに家の中に入っていって、しばらくしてから今度は男の人といっしょに再び、玄関の前に出てきた。
「よろよろして自分では歩けないほど老いていたのに、よく戻ってくることができましたね」
女の人が男の人にそう言っていた。
「そうだな。動物には帰巣本能があるから、帰ってきたのだろうか」
男の人がそう答えていた。男の人は、そのあと、ラブリーのすぐ後ろにいたぼくたちに気がついて
「この犬や猫たちは何なのだ?」
と言って、けげんそうな顔をしていた。
「分かりません。もしかしたらラブリーに付き添って、翠湖公園からここまで連れてきたのかもしれません」
女の人がそう答えていた。
「そうか、殊勝な動物たちだな」
男の人がそう答えていた。
「ラブリーが老骨にむちうって、ここまで戻ってきたのだから、苦労をねぎらって、何か食べさせてやりましょう。付き添ってくれた、これらの犬や猫にも何か食べさせてやりましょう」
女の人がそう言って、家の中から、ドッグフードとソーセージを持ってきて、ぼくたちの前に皿を置いた。
「さあ、食べなさい」
女の人がそう言ったので、ぼくたちは、うれしくなって、すぐに食べ始めた。
ぼくたちが食べている姿を見ながら、女の人が
「このプードル犬は、毛並みがとてもきれいで、かわいいね……」
と言っていた。女の人がシャオパイのほうを見ていたので、シャオパイのことを褒めているのだと、ぼくは思った。女の人が言ったことを、ぼくはシャオパイに伝えた。するとシャオパイはとても、うれしそうな顔をしていた。
「この女の人は、おまえのことをとても気に入ってくれたみたいだ。もしかしたら、このうちで飼ってもらえるかもしれないぞ」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「そうだといいけど、このうちにはラブリーがいるから、ぼくは飼ってもらえないと思う」
シャオパイがそう言った。
「でもラブリーは老い先がもう長くはないから、おまえがこの家で新しく飼われる可能性はあると思う」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「でも、このうちの人は、ぼくが飼い主のいない犬だとは知らないから、このうちで飼ってくれないかもしれないではないですか」
シャオパイがそう言った。
「そうだなあ。おまえのように若くて、きれいなプードル犬を見たら、きっと、よそのうちで大切に飼われている犬ではないかと考えるのが普通だからな」
ぼくはそう答えた。
「だったら、どうすればいいの」
シャオパイが聞いた。
「ぼくにもよく分からない」
ぼくはそう答えるしかなかった。
ぼくたちがドッグフードやソーセージを食べ終えたあと、女の人がシャオパイの頭を手でそっとなでながら
「この犬は、どこの犬かしら。首輪はついていないけど」
と男の人に聞いていた。
「そうだなあ、もしかしたら飼い主がいない犬かもしれない」
男の人がそう答えていた。
「どうしてですか」
女の人が聞いていた。
「飼い主がいる犬だったら、あの犬のように服を着せてもらったり、リボンをつけたり、毛の色を染めてもらったりしているはずだが、この犬は何もつけていないからだ」
男の人が地包天とフェイナを見ながらそう言っていた。
「そうですね。確かにそうかもしれませんね。もし飼い主がいない犬だったら、うちで新しく飼いませんか」
女の人がそう言っていた。
「そうだな。飼い主がいないことがはっきりしたら、うちで飼うことにしよう」
男の人がそう答えていた。
男の人と女の人の会話の内容を、ぼくはシャオパイに話してあげた。するとシャオパイが
「ぼくにも飼い主がまた見つかりそうでよかった」
と答えて、ほっとしたような顔をしていた。フェイナも、うれしそうな顔をしていた。
「ラブリーがあとどれくらい生きられるか分からないけど、シャオパイが、ラブリーのそばにずっと付き添ってあげたら、ラブリーもきっとうれしいと思うわ。そうでしょう、ラブリー?」
フェイナがラブリーに聞いていた。
「うれしいです」
ラブリーがそう答えていた。フェイナがシャオパイに
「わたしたちは、これから帰るけど、おまえはここに残りなさい。このうちで飼ってもらえて、しあわせに暮らしていけることを、わたしは心から望んでいるわ。近くだから、いつでもすぐに様子を見にくることができるから、わたしはうれしいです」
と言った。
「ぼくもうれしいです。近くにフェイナが住んでいるので心強いです」
シャオパイがそう答えていた。
「おまえはまだ少し太めだから、ダイエットをする必要がある。これからも翠湖公園に来なさい。いっしょに走ろう」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「分かった、そうするよ」
シャオパイがそう答えていた。地包天がそのあとシャオパイに
「シャオパイがもとの体形に戻ったら、わたしはシャオパイにプロポーズするわ」
と言った。それを聞いて、シャオパイが照れたような顔をしていた。
それからまもなく、ぼくと地包天とフェイナは、このうちを出ることにした。途中で後ろを振り返ると、シャオパイがラブリーに寄り添いながら、じっと、こちらを見ているのが見えた。
フェイナのうちの前まで来たとき、フェイナが
「あの夫婦はよさそうな人だから、シャオパイはきっと、これからしあわせな暮らしをすることができるわ」
と言った。
「そうあることをぼくは願っている。でも人の気持ちは複雑だから、シャオパイがこれから生涯しあわせな暮らしをすることができるかどうか、ぼくにはまだよく分からない」
ぼくはそう言った。
「水を差すようなことを言わないでほしいわ」
フェイナが不機嫌そうな顔をしながら、そう言った。
「だって、あの夫婦は、どちらも善良そうな顔をしているものの、シャオパイが年を取ったら、ラブリーと同じような目に遭わせるかもしれないと思っているからだ」
ぼくはきっぱりと、そう答えた。
「その時は、その時で考えましょうよ。シャオパイが年を取った時まで、わたしや笑い猫が生きているとも限らないし」
フェイナがそう言った。
「分かった、そうするよ」
ぼくはフェイナにそう答えた。
フェイナのうちの前で、フェイナと別れてからまもなく、隣のうちの玄関のドアが開いて、うちの中から女の人が出てくるのが見えた。あの寄生虫だった。ゴミ袋を持っていたので、ゴミを捨てるために出てきたようだった。ゴミ袋の中に見覚えのあるものが入っていることに、ぼくは気がついた。よく見ると、以前、シャオパイがつけていたネクタイだった。シャオパイはいつも首に蝶ネクタイをつけていたが、太ってからはつけていなかったことに、ぼくは今、初めて気がついた。体重が増えて、首回りも太くなって、ネクタイをつけていることが窮屈そうに見えたから、寄生虫、いえ、あの女の人がネクタイをはずしたのだと、ぼくは思った。女の人がゴミ置き場の中にネクタイを捨ててうちの中に入っていったあと、ぼくはゴミ置き場に行ってネクタイを取り出した。そのあとネクタイを口にくわえながら、シャオパイが新しく住むことを決めたうちまで持っていった。うちの前で、一声鳴いて、ぼくはシャオパイに来訪を告げた。すると玄関のドアが開いて、うちのなかから、女の人とシャオパイが出てきた。ぼくはシャオパイにネクタイを見せながら
「これはおまえのネクタイだろう。ゴミ置き場に捨ててあったから、拾って持ってきた」
と言った。するとシャオパイが、うれしそうな顔をしながら
「ありがとう。ぼくの大切な宝物だよ」
と答えた。
「あの家に行ってたくさん食べていたら、首回りも太くなってきて、ネクタイが窮屈になってきたから、飼い主さんが、はずしてくれた」
シャオパイがそう言った。
「たぶん、そうではないかと、ぼくも思っていた」
ぼくはシャオパイにそう答えた。
「ぼくがもう少しスマートになったら、蝶ネクタイがまた似合うようになると思うから、その時はまた飼い主さんに結んでもらおうと思っている」
シャオパイがそう言った。
「そうだな、それがいいよ」
ぼくはシャオパイにそう答えた。ぼくはそのあとシャオパイにネクタイを渡した。するとそれを見て、女の人がネクタイを奪い取って
「こんな古くて汚いものは要らないわ。うちのぼろ犬と同じだ」
と言って、ネクタイを遠くへ投げ捨ててから、シャオパイを抱えて、うちの中に入っていった。ぼくはそれを見て、とても悲しくなった。ネクタイを捨てたことも悲しかったが、ラブリーを、ぼろ犬と呼んだことが、もっと悲しかった。ラブリーという名前は英語からつけたもので『愛らしい』という意味であることを、ぼくは知っていた。ラブリーが幼犬であったころから飼っていて、目の中に入れても痛くないほど大切に飼っていたのだと、ぼくは思った。それなのにラブリーが年を取ったら、公園に捨てに行ったり、戻ってきたら、ぼろ犬だと呼んだことに、ぼくは、やるせない憤りを感じていた。こんなうちにシャオパイを長く住まわせるわけにはいかないと、ぼくはこの時思った。ぼくは捨てられたネクタイを拾ってから首にかけて、地包天といっしょに桜木横丁をあとにした。