天気……今日も寒い一日だった。朝から空がずっと曇っていて、太陽の光は、ほとんど地上に届かなかった。うちの中にいても氷室のなかにいるように冷たく感じたが、ぼくも妻猫も風邪を引かずに元気に過ごしていた。
朝早く、ぼくはうちの外にでて、走るための準備運動をしていた。公園の中で太極拳をする人がいるので、その動作を真似しながら手足を動かしていると、向こうから地包天が眠そうな目をこすりながらやってきた。
「おはよう、笑い猫のおにいさん」
地包天がそう言った。
「おはよう、地包天」
ぼくは地包天にそう答えた。
「今日も元気に走りましょう」
地包天がさわやかな声でそう言った。
「そうだね。まずその前にしっかり準備運動をすることが大切だよ」
ぼくはそう答えた。
「分かったわ。そうするわ」
地包天はそう答えてから、ぼくのする動作を見ながら、準備運動を始めた。
「ぼくはここ数日、朝ご飯を食べる前にジョギングを始めたので、気持ちがしゃきっとして快適な朝を過ごすことができるようになった。おまえはどう?」
ぼくは地包天に聞いた。
「わたしも同じです」
地包天が明るい声でそう答えていた。
フェイナとシャオパイは七時過ぎに翠湖公園にやってくるので、ぼくと地包天は準備運動を終えたあと、待ち合わせの場所まで出かけていって到着を待っていた。ところが今朝は、八時近くになっても、やってこなかった。
(どうしたのだろう?)
ぼくはそう思って心配になったので、地包天といっしょに桜木横丁に出かけていった。フェイナのうちの前までくると、ぼくは一声鳴いて、フェイナに来訪を告げた。するとそれからまもなくフェイナが犬小屋の中から出てきた。フェイナは、ぼくと地包天の顔を見ると、申し訳そうな顔をしながら
「ごめんなさい。今日もシャオパイを連れて翠湖公園に行くつもりでいたけど、シャオパイは、隣のうちの犬小屋にいなかったから連れていくことができなかったの」
と言った。
「シャオパイはどこにいるのだ?」
ぼくはフェイナに聞いた。
「わたしが呼びかけたら、家の中からシャオパイの声が聞こえてきたから、家の中にいると思う」
フェイナがそう答えた。
「どうして出てこないのか。外は寒いからか」
ぼくはフェイナに聞いた。
「そうではないと思うわ。外に出たくても出られないようなわけが何かあるのかもしれない」
フェイナがそう言った。
「そうか。それならば何があったのか、中に入って調べてみようではないか」
ぼくはフェイナにそう言った。
それからまもなく、ぼくと地包天は、フェイナのあとに続いて、隣のうちへ行った。玄関のドアは今日も鍵はかかっていなくて、押したら開くようになっていたので、ぼくたちは首尾よく、隣のうちの中に入ることができた。居間の中から声がしたので、そちらへ行ってみると、男の人と女の人のほかに、もう一人、年を取った男の人が一人いて、目に角を立てながら
「おまえたちはなんて怠惰な夫婦なのだ。働きにはいかないで、おれが汗水流して働いて得られた財産に寄りかかって暮らしていて、これからも、こんな生活を続けていくつもりか」
と言って、声を荒らげながら、激しい口調で怒鳴りつけていた。
あまりの剣幕に男の人と女の人は返す言葉もなく、互いに顔を見合わせながら縮こまっていた。ぼくは、ようやく、男の人と女の人が働きにいっていないわけを理解することができた。朝からテレビを見ながら、お菓子をつまんで気楽に過ごしているのは、親のお金で生活しているからだということが分かったから、ぼくもいい気持ちはしなかった。
シャオパイは女の人に強く抱かれていて身動きが取れないでいた。シャオパイは苦しくなってもがいていたが、シャオパイがもがけばもがくほど、女の人はますます強く抱きしめていて、シャオパイを放そうとはしなかった。それを見て、フェイナが機転を利かせて、居間の隅に立てかけてあった電気掃除機を手で押して倒した。女の人がびっくりして、シャオパイを床におろしてから、倒れた電気掃除機を立てにいった。
「シャオパイ、いまだ。逃げろ」
ぼくはシャオパイに向かって叫んだ。ぼくの声を聞いて、シャオパイは一目散に居間から飛び出して玄関のほうに向かっていった。ぼくと地包天とフェイナもシャオパイのあとに続いた。こうして、フェイナの機転のおかげで、ぼくたちは、このうちから逃げ出すことができた。
女の人がシャオパイの名前を呼びながら追いかけてくる声が聞こえた。ぼくはシャオパイに
「振り返らないで逃げろ」
と言った。ぼくの指示に従って、シャオパイは一度も後ろを振り返ることなく、どんどん逃げていった。女の人の姿が見えなくなった時、ぼくたちはようやく走るのをやめた。あがった息を整えてから、ぼくはシャオパイに
「あのうちには寄生虫がいる。おまえが、あのうちにいたら、けっしてしあわせな生活を送ることはできない」
と言った。するとシャオパイが、けげんそうな顔をしながら
「寄生虫?」
と言った。ぼくはうなずいた。
「そうだ、寄生虫だ」
ぼくは確信をもって、そう言った。
「そんな虫を、ぼくは見たことがなかったけど……」
シャオパイが小首をかしげていた。
「自分で働かないで、ほかの人のお金で生活する人のことを寄生虫と言うのだ」
ぼくはシャオパイに、そう説明した。
「……」
シャオパイは答に詰まっていた。
「いずれにせよ、おまえはもう、あのうちでは、これ以上、暮らさないほうがいい。そのほうがおまえのためだ」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「だったら、ぼくはこれから、どこでどうやって暮らしていけばいいの。せっかく飼い主が見つかったと思って喜んでいたのに」
シャオパイが未練がましく言った。
「まだこの桜木横丁には、お金持ちのうちや、有名なうちがたくさんあるから、ほかのうちを探そうよ。わたしも協力するから」
フェイナがそう言った。
「そうだよ。そのほうがいいよ。新しい飼い主が見つかるまでは、ぼくが住んでいる翠湖公園の中で暮らしなさい。寝るところや、食べ物は、ぼくが公園の中で探してやるから」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「ありがとう」
シャオパイがそう答えた。
「これから先のことを考えるよりも、おまえはまず、今の自分の体形を、もとの体形に戻すことを考えなさい」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「そうですよ。おまえは太り過ぎているので、これからも、ジョギングを続けて体重を減らすことを考えなさい。そうしないと健康によくないわよ」
フェイナがそう言った。
「そうですよ。わたしはこれからも笑い猫やフェイナといっしょに、おまえをサポートするから、減量に励みましょうよ」
地包天がそう答えた。
「分かったよ。そうするよ」
シャオパイがそう答えた。
それからまもなく、ぼくたちは翠湖公園をめざして走っていった。シャオパイは太った体をゆすりながら、息をぜいぜい言わせながら、一番あとからついてきた。翠湖公園に着くと、しばらく休んで、そのあと再び湖畔に沿って走り始めた。シャオパイのペースに合わせて速度を落としながら、ゆっくりしたジョギングで湖畔を回っていた。一周近く回ったときに、湖畔にある大きな石のかげから、犬のうめき声が聞こえてきた。
「あれ、ちょっと止まって」
犬のうめき声に気がついたぼくは、フェイナとシャオパイと地包天を止めた。
「どうしたの?」
フェイナがぼくに聞いた。
「あの石の向こうから犬のうめき声が聞こえたから」
ぼくはフェイナにそう言った。それを聞いて、フェイナが、石のほうに耳を傾けていた。
「あ、本当だ。よく気がついたわね。あれは確かに犬のうめき声だ。どうしたのだろう。行ってみましょう」
フェイナがそう言った。ぼくはうなずいた。
ぼくたちはそれからまもなく走るコースを外れて、芝生の中にある大きな石のほうに近づいていった。石の裏に隠れるようにして、年老いたマルチーズ犬がいた。
「あ、この犬には見覚えがあるわ……。あっ、思い出した。ラブリーだ」
フェイナがそう言った。
「桜木横丁に住んでいる犬か?」
ぼくはフェイナに聞いた。フェイナがうなずいた。
「最近、見かけなくなったから、死んだのだとばかり思っていた」
フェイナが、そう言った。
「ラブリー、どうしてこんなところにいるの?」
フェイナが老犬に声をかけていた。
「飼い主に捨てられてしまった」
ラブリーが寂しそうな声で、そう答えていた。
「そうだったの……あなたの飼い主はいい人だったのにねえ」
フェイナが哀感にあふれた声でそう言って、ラブリーを慰めていた。
「これからどうするつもりですか?」
フェイナがラブリーに聞いていた。
「こんな老犬を飼ってくれる人はいないだろうから、ここでこのまま、野垂れ死にするしかないと思っている」
ラブリーが目にうっすらと涙を浮かべながら、そう答えていた。それを聞いて、ぼくはとても哀れに思った。
「ぼくの力で何とかできたらいいけど、ぼくには何もできそうにない」
ぼくはそう答えるよりほかなかった。
「ラブリーの飼い主のことを、わたしは知っているけど、けっして悪い人ではなかったわ。ラブリーをもう一度、あの飼い主の家に連れていったら、ラブリーが老体でふらふらしながらも帰ってきたことに感動して、最後の最後まで飼ってくれるのではないでしょうか」
フェイナがそう言った。
「そうだといいけどなあ…」
ぼくは疑問に感じながら、そう答えた。
「でもほかに、このラブリーを飼ってくれる人はいそうもないから、もう一度、あの家に連れていくよりほかはないのではないかしら」
フェイナがそう言った。ぼくはうなずいた。
「でもラブリーは、桜木横丁まで無事に帰っていけるだろうか」
ぼくはフェイナにそう聞いた。
「……」
フェイナは答に詰まっていた。するとシャオパイが
「笑い猫とフェイナは、ぼくをカートに乗せて、桜木横丁から翠湖公園まで運んでくれたと言っていたから、今度はラブリーをカートに乗せて、翠湖公園から桜木横丁まで運んだらいいのではないかな」
と提案した。
「あっ、そうだね。それはいい方法かもしれないわね」
フェイナが明るい顔をしながら、そう言った。
「なるほどね。それはいい方法だ」
ぼくはそう答えた。
「分かったわ。その方法でラブリーを、ここから桜木横丁まで運びましょう。今夜、店が閉まってから、わたしはカートを借りて、翠湖公園まで押してくるわ」
フェイナがそう言った。
「そうか、お願いする」
ぼくはフェイナにそう答えた。
「ラブリー、おなかは空いていませんか」
フェイナがラブリーに聞いていた。
「空いている。昨日から何も食べていないから」
ラブリーが弱弱しい声で、そう答えていた。それを聞いて、ぼくは
「うちから何か食べ物を持ってくる」
とフェイナに言った。
「ありがとう、助かるわ」
フェイナがそう答えた。
それからまもなく、ぼくたちは、ジョギングは切り上げて、うちへ帰ることにした。シャオパイは新しい飼い主がまだ見つかっていないので、帰るうちはなかったので、公園の中をぶらぶらしながら、ゴミ箱の中から食べられそうなものを探していた。ぼくはうちへ帰ってから妻猫といっしょにご飯を食べて、そのあとソーセージと、ペットボトルに入った水を袋に入れて首にかけながらラブリーがいるところへ戻ってきた。ぼくがソーセージと水をラブリーに与えると
「ありがとう」
と言って、とてもうれしそうな顔をしながら食べたり飲んだりしていた。元気を取り戻したラブリーを見て、ぼくはほっとしていた。ぼくはそのあとずっと、ラブリーに付き添っていた。元気を取り戻したとはいえ、まだ油断はできないと思ったからだ。フェイナが夜遅く、カートを押して、ここへやってくるはずだから、それまでずっとぼくはラブリーに付き添ってあげることにした。
朝早く、ぼくはうちの外にでて、走るための準備運動をしていた。公園の中で太極拳をする人がいるので、その動作を真似しながら手足を動かしていると、向こうから地包天が眠そうな目をこすりながらやってきた。
「おはよう、笑い猫のおにいさん」
地包天がそう言った。
「おはよう、地包天」
ぼくは地包天にそう答えた。
「今日も元気に走りましょう」
地包天がさわやかな声でそう言った。
「そうだね。まずその前にしっかり準備運動をすることが大切だよ」
ぼくはそう答えた。
「分かったわ。そうするわ」
地包天はそう答えてから、ぼくのする動作を見ながら、準備運動を始めた。
「ぼくはここ数日、朝ご飯を食べる前にジョギングを始めたので、気持ちがしゃきっとして快適な朝を過ごすことができるようになった。おまえはどう?」
ぼくは地包天に聞いた。
「わたしも同じです」
地包天が明るい声でそう答えていた。
フェイナとシャオパイは七時過ぎに翠湖公園にやってくるので、ぼくと地包天は準備運動を終えたあと、待ち合わせの場所まで出かけていって到着を待っていた。ところが今朝は、八時近くになっても、やってこなかった。
(どうしたのだろう?)
ぼくはそう思って心配になったので、地包天といっしょに桜木横丁に出かけていった。フェイナのうちの前までくると、ぼくは一声鳴いて、フェイナに来訪を告げた。するとそれからまもなくフェイナが犬小屋の中から出てきた。フェイナは、ぼくと地包天の顔を見ると、申し訳そうな顔をしながら
「ごめんなさい。今日もシャオパイを連れて翠湖公園に行くつもりでいたけど、シャオパイは、隣のうちの犬小屋にいなかったから連れていくことができなかったの」
と言った。
「シャオパイはどこにいるのだ?」
ぼくはフェイナに聞いた。
「わたしが呼びかけたら、家の中からシャオパイの声が聞こえてきたから、家の中にいると思う」
フェイナがそう答えた。
「どうして出てこないのか。外は寒いからか」
ぼくはフェイナに聞いた。
「そうではないと思うわ。外に出たくても出られないようなわけが何かあるのかもしれない」
フェイナがそう言った。
「そうか。それならば何があったのか、中に入って調べてみようではないか」
ぼくはフェイナにそう言った。
それからまもなく、ぼくと地包天は、フェイナのあとに続いて、隣のうちへ行った。玄関のドアは今日も鍵はかかっていなくて、押したら開くようになっていたので、ぼくたちは首尾よく、隣のうちの中に入ることができた。居間の中から声がしたので、そちらへ行ってみると、男の人と女の人のほかに、もう一人、年を取った男の人が一人いて、目に角を立てながら
「おまえたちはなんて怠惰な夫婦なのだ。働きにはいかないで、おれが汗水流して働いて得られた財産に寄りかかって暮らしていて、これからも、こんな生活を続けていくつもりか」
と言って、声を荒らげながら、激しい口調で怒鳴りつけていた。
あまりの剣幕に男の人と女の人は返す言葉もなく、互いに顔を見合わせながら縮こまっていた。ぼくは、ようやく、男の人と女の人が働きにいっていないわけを理解することができた。朝からテレビを見ながら、お菓子をつまんで気楽に過ごしているのは、親のお金で生活しているからだということが分かったから、ぼくもいい気持ちはしなかった。
シャオパイは女の人に強く抱かれていて身動きが取れないでいた。シャオパイは苦しくなってもがいていたが、シャオパイがもがけばもがくほど、女の人はますます強く抱きしめていて、シャオパイを放そうとはしなかった。それを見て、フェイナが機転を利かせて、居間の隅に立てかけてあった電気掃除機を手で押して倒した。女の人がびっくりして、シャオパイを床におろしてから、倒れた電気掃除機を立てにいった。
「シャオパイ、いまだ。逃げろ」
ぼくはシャオパイに向かって叫んだ。ぼくの声を聞いて、シャオパイは一目散に居間から飛び出して玄関のほうに向かっていった。ぼくと地包天とフェイナもシャオパイのあとに続いた。こうして、フェイナの機転のおかげで、ぼくたちは、このうちから逃げ出すことができた。
女の人がシャオパイの名前を呼びながら追いかけてくる声が聞こえた。ぼくはシャオパイに
「振り返らないで逃げろ」
と言った。ぼくの指示に従って、シャオパイは一度も後ろを振り返ることなく、どんどん逃げていった。女の人の姿が見えなくなった時、ぼくたちはようやく走るのをやめた。あがった息を整えてから、ぼくはシャオパイに
「あのうちには寄生虫がいる。おまえが、あのうちにいたら、けっしてしあわせな生活を送ることはできない」
と言った。するとシャオパイが、けげんそうな顔をしながら
「寄生虫?」
と言った。ぼくはうなずいた。
「そうだ、寄生虫だ」
ぼくは確信をもって、そう言った。
「そんな虫を、ぼくは見たことがなかったけど……」
シャオパイが小首をかしげていた。
「自分で働かないで、ほかの人のお金で生活する人のことを寄生虫と言うのだ」
ぼくはシャオパイに、そう説明した。
「……」
シャオパイは答に詰まっていた。
「いずれにせよ、おまえはもう、あのうちでは、これ以上、暮らさないほうがいい。そのほうがおまえのためだ」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「だったら、ぼくはこれから、どこでどうやって暮らしていけばいいの。せっかく飼い主が見つかったと思って喜んでいたのに」
シャオパイが未練がましく言った。
「まだこの桜木横丁には、お金持ちのうちや、有名なうちがたくさんあるから、ほかのうちを探そうよ。わたしも協力するから」
フェイナがそう言った。
「そうだよ。そのほうがいいよ。新しい飼い主が見つかるまでは、ぼくが住んでいる翠湖公園の中で暮らしなさい。寝るところや、食べ物は、ぼくが公園の中で探してやるから」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「ありがとう」
シャオパイがそう答えた。
「これから先のことを考えるよりも、おまえはまず、今の自分の体形を、もとの体形に戻すことを考えなさい」
ぼくはシャオパイにそう言った。
「そうですよ。おまえは太り過ぎているので、これからも、ジョギングを続けて体重を減らすことを考えなさい。そうしないと健康によくないわよ」
フェイナがそう言った。
「そうですよ。わたしはこれからも笑い猫やフェイナといっしょに、おまえをサポートするから、減量に励みましょうよ」
地包天がそう答えた。
「分かったよ。そうするよ」
シャオパイがそう答えた。
それからまもなく、ぼくたちは翠湖公園をめざして走っていった。シャオパイは太った体をゆすりながら、息をぜいぜい言わせながら、一番あとからついてきた。翠湖公園に着くと、しばらく休んで、そのあと再び湖畔に沿って走り始めた。シャオパイのペースに合わせて速度を落としながら、ゆっくりしたジョギングで湖畔を回っていた。一周近く回ったときに、湖畔にある大きな石のかげから、犬のうめき声が聞こえてきた。
「あれ、ちょっと止まって」
犬のうめき声に気がついたぼくは、フェイナとシャオパイと地包天を止めた。
「どうしたの?」
フェイナがぼくに聞いた。
「あの石の向こうから犬のうめき声が聞こえたから」
ぼくはフェイナにそう言った。それを聞いて、フェイナが、石のほうに耳を傾けていた。
「あ、本当だ。よく気がついたわね。あれは確かに犬のうめき声だ。どうしたのだろう。行ってみましょう」
フェイナがそう言った。ぼくはうなずいた。
ぼくたちはそれからまもなく走るコースを外れて、芝生の中にある大きな石のほうに近づいていった。石の裏に隠れるようにして、年老いたマルチーズ犬がいた。
「あ、この犬には見覚えがあるわ……。あっ、思い出した。ラブリーだ」
フェイナがそう言った。
「桜木横丁に住んでいる犬か?」
ぼくはフェイナに聞いた。フェイナがうなずいた。
「最近、見かけなくなったから、死んだのだとばかり思っていた」
フェイナが、そう言った。
「ラブリー、どうしてこんなところにいるの?」
フェイナが老犬に声をかけていた。
「飼い主に捨てられてしまった」
ラブリーが寂しそうな声で、そう答えていた。
「そうだったの……あなたの飼い主はいい人だったのにねえ」
フェイナが哀感にあふれた声でそう言って、ラブリーを慰めていた。
「これからどうするつもりですか?」
フェイナがラブリーに聞いていた。
「こんな老犬を飼ってくれる人はいないだろうから、ここでこのまま、野垂れ死にするしかないと思っている」
ラブリーが目にうっすらと涙を浮かべながら、そう答えていた。それを聞いて、ぼくはとても哀れに思った。
「ぼくの力で何とかできたらいいけど、ぼくには何もできそうにない」
ぼくはそう答えるよりほかなかった。
「ラブリーの飼い主のことを、わたしは知っているけど、けっして悪い人ではなかったわ。ラブリーをもう一度、あの飼い主の家に連れていったら、ラブリーが老体でふらふらしながらも帰ってきたことに感動して、最後の最後まで飼ってくれるのではないでしょうか」
フェイナがそう言った。
「そうだといいけどなあ…」
ぼくは疑問に感じながら、そう答えた。
「でもほかに、このラブリーを飼ってくれる人はいそうもないから、もう一度、あの家に連れていくよりほかはないのではないかしら」
フェイナがそう言った。ぼくはうなずいた。
「でもラブリーは、桜木横丁まで無事に帰っていけるだろうか」
ぼくはフェイナにそう聞いた。
「……」
フェイナは答に詰まっていた。するとシャオパイが
「笑い猫とフェイナは、ぼくをカートに乗せて、桜木横丁から翠湖公園まで運んでくれたと言っていたから、今度はラブリーをカートに乗せて、翠湖公園から桜木横丁まで運んだらいいのではないかな」
と提案した。
「あっ、そうだね。それはいい方法かもしれないわね」
フェイナが明るい顔をしながら、そう言った。
「なるほどね。それはいい方法だ」
ぼくはそう答えた。
「分かったわ。その方法でラブリーを、ここから桜木横丁まで運びましょう。今夜、店が閉まってから、わたしはカートを借りて、翠湖公園まで押してくるわ」
フェイナがそう言った。
「そうか、お願いする」
ぼくはフェイナにそう答えた。
「ラブリー、おなかは空いていませんか」
フェイナがラブリーに聞いていた。
「空いている。昨日から何も食べていないから」
ラブリーが弱弱しい声で、そう答えていた。それを聞いて、ぼくは
「うちから何か食べ物を持ってくる」
とフェイナに言った。
「ありがとう、助かるわ」
フェイナがそう答えた。
それからまもなく、ぼくたちは、ジョギングは切り上げて、うちへ帰ることにした。シャオパイは新しい飼い主がまだ見つかっていないので、帰るうちはなかったので、公園の中をぶらぶらしながら、ゴミ箱の中から食べられそうなものを探していた。ぼくはうちへ帰ってから妻猫といっしょにご飯を食べて、そのあとソーセージと、ペットボトルに入った水を袋に入れて首にかけながらラブリーがいるところへ戻ってきた。ぼくがソーセージと水をラブリーに与えると
「ありがとう」
と言って、とてもうれしそうな顔をしながら食べたり飲んだりしていた。元気を取り戻したラブリーを見て、ぼくはほっとしていた。ぼくはそのあとずっと、ラブリーに付き添っていた。元気を取り戻したとはいえ、まだ油断はできないと思ったからだ。フェイナが夜遅く、カートを押して、ここへやってくるはずだから、それまでずっとぼくはラブリーに付き添ってあげることにした。

