野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)

侍従(じじゅう)浮舟(うきふね)(きみ)のことを思い出している。
<もう死んでしまいたいと泣いていらっしゃった>
ふと見ると、(すずり)の下に紙がはさんであった。
女君(おんなぎみ)の字で、
「もし自殺したとしても、どこかから秘密が()れて、浮気女だったという(うわさ)が流れてしまったら」
と書かれている。
<最後の最後まで世間の噂を恐れながら、宇治(うじ)(がわ)にお命を流してしまわれたのだ>
川の方を見やる。
恐ろしい川音が聞こえてきて、侍従は思わず耳をふさいだ。

侍従と右近(うこん)は相談する。
「お亡くなりになったことはもう間違いないでしょう。何があったのか分からず、お母君(ははぎみ)乳母(めのと)殿(どの)が取り乱していらっしゃるのはお気の毒です」
「やはり匂宮(におうのみや)様とのことをお話しした方がよいのでは。思いがけず始まったご関係なのですから、姫様に責任はありません。おふたりにありのままをお伝えして、少しは納得していただきましょう。それでも亡骸(なきがら)がないことはどうしようもないのですけれど。
葬儀(そうぎ)は早い方がよいでしょうね。亡骸がないことが知られれば、宇治川に身を投げたと世間は簡単に想像するはずです。お母君と乳母殿にお許しをいただいて、亡骸があるように見せかけたら、すぐにご葬儀をすませ火葬(かそう)までしてしまわなければ」

いったい何があったかを母君と乳母にこっそりお伝えする。
つらいけれど、なんとかお話しするしかない。
聞いている母君と乳母は正気(しょうき)を失ったようにうろたえる。
<では、この荒々しい川に流されて亡くなってしまったのか>
と思うと、自分も川に落ちていくような気がする。

下流(かりゅう)を探させましょう。亡骸を見つけて(とむら)ってあげたい」
母君は震えながら言う。
「ご無理でございましょう。もう姫様は(おお)海原(うなばら)にいらっしゃいます。探させているところを誰かに見られれば世間の噂になります」
母君も乳母も茫然(ぼうぜん)とする。

侍従と右近は葬儀の準備を始めた。
乗り物に女君の使っていた家具や着物を入れて、亡骸がそこにあるように見せかける。
乳母の身内の僧侶(そうりょ)を呼んで葬儀をすると、乗り物は火葬(かそう)()に送り出した。
<なんというやり方だ。この奇妙な葬儀で、姫は死んだということになるのか>
母君は恐ろしく思う。
乳母も(くや)しがっている。