野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)

ひどい雨のなか、母君(ははぎみ)が到着した。
「これはいったいどういうことなの。目の前で亡くなったなら、悲しいとはいえ世間によくあることだけれど、亡骸(なきがら)がないだなんて」
女房(にょうぼう)たちの説明を聞いて正気(しょうき)を失っている。
浮舟(うきふね)(きみ)(かおる)(きみ)匂宮様(におうのみや)の間で苦しんでいたことなど知るはずもないから、自殺の可能性も当然思いつかない。
<鬼が食べてしまったのだろうか、それとも(きつね)のような妖怪(ようかい)が連れていったのだろうか>
と、恐ろしい昔話を思い出す。

<いや、現実的に考えれば、姫は人間に誘拐(ゆうかい)されたのだろう。まさか薫の君のご正妻(せいさい)か。(おんな)()(みや)様ご自身はそんなことをお命じにならないだろうが、あちらに意地の悪い乳母(めのと)などがいるのかもしれない。薫の君が姫を都にお迎えなさると聞いて、腹を立ててこんなことをしたのだろう>
こちら側にも協力者がいたはずだと疑う。
「お引越しの準備のために新しく何人か(やと)ったが、そのなかに信用できない者はいないか」
と母君は女房に尋ねた。

「新しく来た人たちはこんな田舎(いなか)暮らしが我慢(がまん)できないようで、すぐに都の実家に帰ってしまいました。縫物(ぬいもの)などの仕事なら、ここでなくてもできますので。『姫様が都に(のぼ)られたらすぐにまた参ります』というようなことだけ言って出ていきましたから、もうこちらにはおりません」
昔からお仕えしていた人たちでさえ、(さき)(ばし)って都に戻ってしまった人がいる。
そんな人気(ひとけ)が少ないときに起きた事件だったの。