その渡り廊下を進むと離れがあって、宮の君はそこにお部屋をいただいておられる。
離れには若い女房がたくさん暮らしているようで、ここでも月見をしていた。
<宮の君も女一の宮様と同じ皇族でいらっしゃるのだ。こちらを恋人にして女一の宮様への恋心を慰めるのもよいかもしれない。もともと宮の君の亡きお父宮は、私を婿候補としてお考えくださっていたのだから>
と、ご自分に言い訳をなさりつつ、宮の君を探しにいかれる。
宮の君のお部屋はこのあたりだろうかと、咳ばらいなさった。
年配の女房が対応に出てくる。
「宮の君にお伝えいただけますか。『人知れずお慕いしておりました』などと申せばありきたりですが、それ以外の言葉が見つからないのです、と」
この女房は、宮の君が宮家から連れていらっしゃった人よ。
奥に伝えにいくこともせず、出しゃばってお返事する。
「今はこんなふうに女房の身分に落ちてしまわれましたが、亡きお父宮は姫様とあなた様のご結婚をお考えでいらっしゃいました。それを思い出して悲しゅうございます。あなた様は、姫様の宮仕えをとんでもないことだとおっしゃってくださったとか。姫様はその噂をお聞きになりまして、ありがたくお思いのご様子でした」
薫の君は早く宮の君とお話しなさりたい。
まさかこの女房の泣き言を聞くだけで帰らされるのではと不安になって、はっきりとおっしゃる。
「恐れながら宮の君と私は従兄妹同士ですし、こういう心細いお立場におなりなのですから、これからはぜひ私を頼っていただきたいのです。人づてにお話しするだけでは誠意もお見せできません」
女房はやっと状況に気づいた。
宮の君を引っ張るようにして簾近くまでお連れする。
「亡き父宮様の思い出話ができる相手もいないと嘆いておりましたから、私をお身内とおっしゃってくださり頼もしく存じます」
宮の君のあどけなくてかわいらしいお声が聞こえた。
<これがふつうの女房なら素直に魅力的な人だと思えるが、宮家の姫君でいらっしゃるから、どうにも違和感がある。この気持ちは軽蔑なのかもしれない。ほんの少し前までは、よその男にお声など聞かせるはずのないお立場だったのに、あまりの変わりようではないか>
ほのかにあった恋心がすっと冷めて、薫の君は長居せずお帰りになった。
<きっと美しい人だろうから会ってみたいような気もするが、どうせ匂宮様も目をつけていらっしゃるだろう。そしてあの人はそれになびくのだろう。そんな女性を相手にしたくない。
同じようにお父宮を亡くされていても、大君と中君のご姉妹は宮家の姫君としての誇りを忘れておられなかった。山深い宇治で僧侶のようなお父宮に育てられなさっただけなのに、どうしてあれほど完璧な姫君でいらっしゃったのか。
自殺してしまったあの姫も、初めのうちはとてもかわいらしい人に思えたのだ。それが実際は頼りない性格だった。おそらく宮の君も同じような人だろう>
こうして何かあるたびに、亡き八の宮様の姫君たちを思い出される。
大君とは男女の関係になる前に死別なさった。
中君は匂宮様の奥様になってしまわれ、浮舟の君は自殺した。
悲しい運命をつくづくお感じになっている夕暮れ時、ふとお庭をご覧になると、蜻蛉がはかなげに飛びかっている。
「あれを捕まえることはできないだろう。理想の女性を得られないのと同じだな」
とつぶやかれる。
離れには若い女房がたくさん暮らしているようで、ここでも月見をしていた。
<宮の君も女一の宮様と同じ皇族でいらっしゃるのだ。こちらを恋人にして女一の宮様への恋心を慰めるのもよいかもしれない。もともと宮の君の亡きお父宮は、私を婿候補としてお考えくださっていたのだから>
と、ご自分に言い訳をなさりつつ、宮の君を探しにいかれる。
宮の君のお部屋はこのあたりだろうかと、咳ばらいなさった。
年配の女房が対応に出てくる。
「宮の君にお伝えいただけますか。『人知れずお慕いしておりました』などと申せばありきたりですが、それ以外の言葉が見つからないのです、と」
この女房は、宮の君が宮家から連れていらっしゃった人よ。
奥に伝えにいくこともせず、出しゃばってお返事する。
「今はこんなふうに女房の身分に落ちてしまわれましたが、亡きお父宮は姫様とあなた様のご結婚をお考えでいらっしゃいました。それを思い出して悲しゅうございます。あなた様は、姫様の宮仕えをとんでもないことだとおっしゃってくださったとか。姫様はその噂をお聞きになりまして、ありがたくお思いのご様子でした」
薫の君は早く宮の君とお話しなさりたい。
まさかこの女房の泣き言を聞くだけで帰らされるのではと不安になって、はっきりとおっしゃる。
「恐れながら宮の君と私は従兄妹同士ですし、こういう心細いお立場におなりなのですから、これからはぜひ私を頼っていただきたいのです。人づてにお話しするだけでは誠意もお見せできません」
女房はやっと状況に気づいた。
宮の君を引っ張るようにして簾近くまでお連れする。
「亡き父宮様の思い出話ができる相手もいないと嘆いておりましたから、私をお身内とおっしゃってくださり頼もしく存じます」
宮の君のあどけなくてかわいらしいお声が聞こえた。
<これがふつうの女房なら素直に魅力的な人だと思えるが、宮家の姫君でいらっしゃるから、どうにも違和感がある。この気持ちは軽蔑なのかもしれない。ほんの少し前までは、よその男にお声など聞かせるはずのないお立場だったのに、あまりの変わりようではないか>
ほのかにあった恋心がすっと冷めて、薫の君は長居せずお帰りになった。
<きっと美しい人だろうから会ってみたいような気もするが、どうせ匂宮様も目をつけていらっしゃるだろう。そしてあの人はそれになびくのだろう。そんな女性を相手にしたくない。
同じようにお父宮を亡くされていても、大君と中君のご姉妹は宮家の姫君としての誇りを忘れておられなかった。山深い宇治で僧侶のようなお父宮に育てられなさっただけなのに、どうしてあれほど完璧な姫君でいらっしゃったのか。
自殺してしまったあの姫も、初めのうちはとてもかわいらしい人に思えたのだ。それが実際は頼りない性格だった。おそらく宮の君も同じような人だろう>
こうして何かあるたびに、亡き八の宮様の姫君たちを思い出される。
大君とは男女の関係になる前に死別なさった。
中君は匂宮様の奥様になってしまわれ、浮舟の君は自殺した。
悲しい運命をつくづくお感じになっている夕暮れ時、ふとお庭をご覧になると、蜻蛉がはかなげに飛びかっている。
「あれを捕まえることはできないだろう。理想の女性を得られないのと同じだな」
とつぶやかれる。



